伸び率は高いのに、実感がない理由
厚生労働省が2026年8月5日に、毎月勤労統計調査の2026年6月分結果速報を公表しました。事業所規模5人以上の集計で、産業別の数字も出ています。
医療・福祉の数字を、産業全体と並べます。
| 項目 | 医療,福祉 | 調査産業計 |
|---|
| 現金給与総額 | 455,586円(+5.8%) | 531,677円(+3.4%) |
| きまって支給する給与 | 277,871円(+3.2%) | 299,232円(+3.4%) |
| 所定内給与 | 263,395円(+3.0%) | 279,189円(+3.4%) |
| 所定外給与 | 14,476円(+6.2%) | 20,043円(+2.8%) |
| 特別に支払われた給与 | 177,715円(+10.0%) | 232,445円(+3.5%) |
いちばん上の行だけを見れば、医療・福祉は5.8%増で産業全体の3.4%増を大きく上回っています。ニュースの見出しになるとしたらこの数字でしょう。
しかし一つ下、所定内給与を見ると3.0%増で、産業計の3.4%増を下回っています。所定内給与とは、きまって支給する給与から所定外給与(残業代等)を除いたもので、基本給のほか職務手当、地域手当、家族手当などを含みます。基本給そのものではない点に注意してください。それでも、毎月の土台になる部分であることに変わりはなく、その伸びは産業平均より遅いということになります。
では5.8%はどこから来たのか。特別に支払われた給与が10.0%増です。6月は夏の賞与が支給される月なので、この項目が大きく動きます。ただしこの項目には、賞与のほか、3か月を超える期間で算定される手当や、ベースアップの差額追給分なども含まれます。賞与だけの動きを取り出したものではありません。
この記事で分かること
- 医療・福祉の給与が5.8%増となった内訳
- 伸び率と金額の水準を混同しないための整理
- 一般労働者とパートタイム労働者で、動き方がどう違うか
- 実質賃金6か月連続プラスという報道を、医療・福祉に当てはめてよいか
- 自分の給与明細のどこを見れば、この統計と照合できるか
自分の給与がこの平均とどう違うのかは、看護師の年収診断で相場と突き合わせられます。賃金改定の根拠そのものを知りたい場合は、勤務先の賃金規程と事務部門への確認が必要です。
水準で見ると、産業平均より低い
伸び率と、金額そのものは別の話です。ここを混ぜると判断を誤ります。
医療・福祉の現金給与総額455,586円は、産業計531,677円の85.7%です。伸び率では上回っていても、金額では14%ほど下にあります。
さらに、項目ごとに産業計との比率を出すと、差がどこにあるかが分かります。
| 項目 | 医療,福祉/産業計 |
|---|
| 所定内給与 | 94.3% |
| きまって支給する給与 | 92.9% |
| 特別に支払われた給与 | 76.5% |
| 現金給与総額 | 85.7% |
所定内給与では産業計の94%まで来ているのに、特別に支払われた給与では76%にとどまります。 6月時点で見るかぎり、産業平均との差は毎月の給与部分より特別給与の部分で大きい、という構図です。
この計算は公表資料に載っているものではなく、公表された金額から算出したものです。また、6月という単月の比較である点には注意が必要です。 特別給与の支給時期は業種によって異なりますし、年間を通した所得の差がこの比率のとおりになるとは限りません。年収で差がつく理由を、この1か月の数字だけで特定することはできません。
そのうえで今年6月は、その特別給与が10.0%増えた月でした。差が縮まる方向に動いた月だと言えます。冬の賞与を含めた年間でどうなるかは、この時点では分かりません。
一般労働者とパートで、動き方が違う
就業形態を分けると、同じ医療・福祉のなかでも様子が変わります。
| 区分 | 現金給与総額 | 所定内給与 | 所定外給与 | 特別給与 |
|---|
| 一般労働者 | 603,544円(+7.6%) | 329,691円(+4.3%) | 20,535円(+8.2%) | 253,318円(+12.2%) |
| パートタイム労働者 | 167,229円(+2.9%) | 134,191円(+2.5%) | 2,667円(+2.3%) | 30,371円(+4.0%) |
一般労働者は7.6%増と大きく伸びました。所定内給与も4.3%増で、産業計の一般労働者3.6%増を上回っています。特別に支払われた給与は12.2%増です。
一方、パートタイム労働者は2.9%増にとどまり、産業計のパートタイム労働者3.5%増を下回りました。所定内給与も2.5%増で、伸びの弱さがはっきりしています。
ここが今回の数字でいちばん見落とされやすい点だと思います。「医療・福祉は5.8%増」という一つの数字の裏で、一般労働者は7.6%増、パートタイム労働者は2.9%増と、伸び率に4.7ポイントの差があります。ここで注意したいのは、毎月勤労統計の「一般労働者」は雇用身分としての常勤・正社員と同義ではないこと、そして二つは別々の集団の平均だということです。同じ職場の同じ人を比べた数字ではないので、雇用形態による個々の待遇差をそのまま示すものではありません。
扶養の範囲で働き方を調整している方にとっては、時給が上がることが必ずしも手取りの増加につながらない場合もあります。時間数との兼ね合いについては、看護師パートの社会保険・扶養の考え方で整理しています。
もう一つ目を引くのが、一般労働者の所定外給与8.2%増です。産業計の一般労働者は3.2%増ですから、2.5倍以上の伸びです。所定外給与とは残業手当や休日手当、深夜手当のことです。
この数字だけで「残業が増えた」と言いたくなりますが、同じ統計に労働時間の集計があるので、そちらを見れば確かめられます。
労働時間と突き合わせて考える
同じ統計の第2表に、月間実労働時間が出ています。医療・福祉の数字を並べます。
| 区分 | 総実労働時間 | 所定内労働時間 | 所定外労働時間 | 出勤日数 |
|---|
| 就業形態計 | 131.1時間(−0.7%) | 126.6時間(−0.6%) | 4.5時間(−4.3%) | 17.7日(−0.1日) |
| 一般労働者 | 158.5時間(+0.9%) | 152.3時間(+1.0%) | 6.2時間(−1.6%) | 19.9日(+0.1日) |
| パートタイム労働者 | 77.5時間(−3.4%) | 76.4時間(−3.2%) | 1.1時間(−21.4%) | 13.4日(−0.2日) |
ここで、先ほどの疑問を検討できます。一般労働者の所定外給与は8.2%増えているのに、所定外労働時間は1.6%減っています。
残業時間は減ったのに残業代は増えた。集計値どうしを割れば、所定外給与÷所定外労働時間の値は前年より1割ほど高いという計算にはなります。
ただし、ここから「時間単価が上がった」と断定はできません。所定外給与には時間外・休日・深夜の割増が含まれ、その構成比が変われば平均額は動きます。産業内の雇用形態の構成、標本の入替えによる変動も除けていません。言えるのは、集計上は所定外労働時間が減るのと同時に所定外給与が増えていた、というところまでです。個々の給与が増えた原因を、この数字から特定することはできません。
もう一つ、パートタイム労働者のほうも見てください。総実労働時間が3.4%減っています。 産業計のパートタイム労働者は1.3%減ですから、医療・福祉のほうが減り方が大きい。出勤日数も0.2日減っています。
つまり、パートの現金給与総額2.9%増という数字は、働く時間が3.4%減ったうえでの2.9%増です。集計値どうしを割れば時間当たりの額は上がっている計算になりますが、現金給与総額には特別給与も含まれ、雇用構成や標本の入替えの影響も除けません。契約上の時給が上がったことを示す数字ではない点に注意してください。
実務的に言えるのは、時給が上がっても勤務時間が削られれば、月々の受け取り額はその分だけ相殺されるということです。
扶養の範囲を意識して働いている方にとっては、時間が減ること自体が調整として都合がよい場合もあります。一方、収入を確保したい方にとっては、時給の上昇だけを見て安心すると足りなくなる可能性があります。時給と時間数の両方を確認してください。
なお、医療・福祉の一般労働者の総実労働時間158.5時間は、産業計の166.3時間より短くなっています。ただしこれは全国の医療・福祉を平均した数字で、交代勤務のある病棟に限った数字ではありません。
実質賃金の数字を、医療・福祉に当てはめないでください
この統計では、実質賃金の指数も公表されています。
現金給与総額の実質賃金指数は144.1で前年同月比1.6%増、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化したもので6か月連続のプラスです。消費者物価指数(総合)で実質化したものは147.0で1.7%増、7か月連続のプラスとなっています。
「実質賃金が6か月連続でプラス」というのは、ニュースでも扱われる数字です。しかし、これは調査産業計の数字であり、産業別の実質賃金は公表されていません。
医療・福祉の名目の伸びは5.8%ですから、物価上昇率(持家の帰属家賃を除く総合で1.9%)を上回っているように見えます。ただし、これは6月という賞与月の数字で押し上げられたものです。所定内給与の3.0%増と物価の1.9%を比べるのか、現金給与総額の5.8%と比べるのかで、見え方はまったく変わります。
この記事で「医療・福祉の実質賃金は◯%上がった」と書かないのは、公表されていない数字を計算で作ることになるからです。名目の各項目と物価の上昇率を並べて見る、というところまでにとどめます。
前年同月比を読むときの注意点
もう一つ、この統計を扱ううえで知っておくべきことがあります。2026年1月に、調査対象事業所の部分入替えが行われました。
厚生労働省は、入替えの前後で比較したところ、現金給与総額で-1,582円(-0.5%)、きまって支給する給与で-801円(-0.3%)の断層が生じていると注記しています。入替え後の集計値が、入替え前より低くなる向きの段差です。
これは、実際に給与が下がったという意味ではありません。調査対象の事業所が入れ替わったことで、集計される数字に段差が生じたということです。前年同月比を見るときには、この段差が含まれている可能性を頭に置いておく必要があります。
なお、速報値は確報で改訂される場合があるとも注記されています。この記事の数字は速報段階のものです。
こうした注記は本文の目立たないところに置かれがちですが、数字を判断に使うなら押さえておくべき部分です。統計を引用した記事や投稿を見かけたときに、この注記に触れているかどうかは、その情報の丁寧さを測る目安にもなります。
自分の給与明細と、どう照合するか
統計の数字を自分の状況と比べるには、明細のどこを見るかを揃える必要があります。項目の対応は次のとおりです。
| 統計の項目 | 給与明細で見るところ |
|---|
| 所定内給与 | 基本給+職務手当・地域手当・家族手当など(残業代を除く) |
| 所定外給与 | 時間外手当、休日出勤手当、深夜手当 |
| きまって支給する給与 | 上の二つの合計 |
| 特別に支払われた給与 | 賞与、3か月を超える期間で算定される手当 |
| 現金給与総額 | 上のすべての合計(所得税・社会保険料を引く前) |
重要なのは、すべて控除前の金額だという点です。統計の現金給与総額は、所得税、社会保険料、組合費などを差し引く前の額を指します。手取りと比べると、当然ながら大きな差が出ます。「統計では45万円なのに自分は違う」と感じるとき、控除前と手取りを比べている場合があります。
夜勤手当は、支給の仕方によって入る項目が変わります。毎月の勤務に応じて支給されるものは、きまって支給する給与のうち所定内か所定外かに分かれます。深夜割増にあたる部分は所定外給与です。夜勤手当の相場については看護師の夜勤手当は1回いくらかで整理しています。
手取りと総額の関係が分かりにくいときは、看護師の手取りが少ない理由と給与明細の見方から確認すると整理しやすくなります。
「賃上げ」と言われても実感がないとき
ここまでの分解を踏まえると、実感が伴わない理由はいくつか説明がつきます。
第一に、6月の数字は賞与で膨らんでいます。 医療・福祉の伸び5.8%のうち、大きな部分は特別給与の10.0%増によるものです。毎月受け取る所定内給与は3.0%増で、産業平均を下回っています。月々の実感は、こちらのほうに近いはずです。
第二に、パートで働く人の伸びは2.9%です。 産業計のパートタイム労働者3.5%増より低く、常勤の7.6%増とは大きく開いています。
第三に、これは全国の医療・福祉の平均です。 病院、診療所、介護施設、社会福祉施設、保育所などがすべて含まれ、地域も職種も混ざっています。自分の勤務先がこの平均に沿って動く保証はありません。
第四に、物価が上がっています。 消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は前年同月比1.9%の上昇です。所定内給与の3.0%増と並べれば、名目の伸びが物価上昇を上回っている計算にはなります。ただし実際に何を買うかによって体感は変わりますし、医療・福祉の実質賃金は公表されていません。
自分の職場の賃上げが何を原資に行われたのかを確かめたい場合は、2026年の診療報酬改定と賃上げの反映もあわせて確認してください。
転職を考えるときに、この数字をどう使うか
求人を比較する段階でこの統計を使うなら、内訳を聞く根拠として使うのが実用的です。
年収の提示額だけを比べると、賞与の比重が大きい職場が有利に見えます。しかし賞与は業績や評価で変動する部分を含みます。今回の数字で言えば、6月時点の「特別に支払われた給与」は産業計の76.5%にとどまる一方、所定内給与では94.3%まで来ていました。項目によって産業平均との距離が違う、ということです。つまり、年収の作り方は職場によって違いうるという前提で条件を見る必要があります。
面接や条件確認の場で聞いておきたいのは、次のような点です。
| 確認すること | なぜ聞くのか |
|---|
| 基本給はいくらか | 賞与や手当の算定基礎になることが多い |
| 賞与の支給実績(月数) | 提示年収のうち変動する部分の大きさが分かる |
| 夜勤手当は1回いくらか | 回数によって年収が変わる部分 |
| 昇給の仕組みと実績 | 来年以降の伸び方 |
| 手当の内訳 | 固定残業代が含まれていないか |
とくに基本給は、賞与や退職金の算定基礎になることが多い項目です。総額が同じでも基本給の比重が違えば、数年後の差は開きます。求人票の給与欄をどう読むかは、看護師が求人票の給与で見るべきポイントで整理しています。
自分の給与が地域や経験年数に対してどのあたりかを確かめたい方は、給料コンパスも使えます。
よくある質問
Q. 医療・福祉の5.8%増は、看護師の給与が5.8%上がったということですか。 A. いいえ。この統計の産業区分は「医療,福祉」というくくりで、病棟の看護師も、介護施設の職員も、保育所の職員も同じ箱に入っています。職種ごとの内訳は出ていないので、看護師の給与がこの通りに動いたとは言えません。加えて事業所規模5人以上の全国平均であり、地域差も含みません。
Q. なぜ6月の数字だけが大きく伸びているのですか。 A. 6月は夏の賞与が支給される月なので、「特別に支払われた給与」が大きくなります。医療・福祉ではこれが10.0%増となり、全体の伸びを押し上げました。なおこの項目には、賞与のほか3か月を超える期間で算定される手当や遡及差額なども含まれます。
Q. 実質賃金は医療・福祉でもプラスですか。 A. 実質賃金指数は調査産業計でのみ公表されており、産業別の数字はありません。名目の伸びと物価上昇率を並べて見ることはできますが、医療・福祉の実質賃金として公表された数値は存在しません。
Q. 所定内給与は基本給のことですか。 A. 違います。所定内給与は、きまって支給する給与から所定外給与を除いたもので、基本給に加えて職務手当、地域手当、家族手当などを含みます。
Q. パートの伸びが低いのはなぜですか。 A. この統計は理由を分析していません。医療・福祉のパートタイム労働者は2.9%増で、産業計のパートタイム労働者3.5%増を下回っているという事実までが、公表されている内容です。
Q. 統計の金額と自分の手取りが大きく違います。 A. 統計の金額は、所得税や社会保険料などを差し引く前の額です。手取りと比較すると差が出ます。明細の控除前の合計と比べてください。
参考資料
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026(令和8)年6月分結果速報」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2606p/2606p.html
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026(令和8)年6月分結果速報 報道発表資料」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2606p/dl/houdou2606p.pdf
- 厚生労働省「第2表 月間実労働時間及び出勤日数」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2606p/xls/2606c02p.xlsx
- 厚生労働省「第1表 月間現金給与額」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2606p/xls/2606c01p.xlsx
数値は速報値であり、確報で改訂される場合があります。産業別の平均額は全国の事業所を集計したものであり、個別の勤務先の水準を示すものではありません。