「医療・福祉の賃金が6%上がった」という見出しを見て、自分の明細と見比べて首をかしげた人がいるかもしれません。その違和感は正しいものです。統計の数字は嘘ではありませんが、見出しに載る数字は、毎月の手取りとは別のところを見ています。
厚生労働省が2026年8月24日、毎月勤労統計調査の2026年6月分結果確報を公表しました。6月は一時金が乗りやすい月で、数字が大きく動きます。事業所規模5人以上の集計です。
3つに分けて読みます
医療・福祉の数字を、調査産業計と並べます。就業形態計(一般労働者とパートタイム労働者を合わせた平均)の値です。
| 項目 | 医療,福祉 | 調査産業計 |
|---|
| 現金給与総額 | 456,637円(+6.0%) | 534,823円(+4.0%) |
| きまって支給する給与 | 279,104円(+3.7%) | 299,671円(+3.4%) |
| うち所定内給与 | 264,459円(+3.4%) | 279,511円(+3.5%) |
| うち所定外給与 | 14,645円(+7.4%) | 20,160円(+3.4%) |
| 特別に支払われた給与 | 177,533円(+9.9%) | 235,152円(+4.7%) |
読み方は3段階です。
第1段階。伸び率と金額は別の話です。 医療・福祉の伸び率6.0%は産業計の4.0%を上回っています。ところが同じ6月の金額を見ると、456,637円に対して産業計は534,823円。約7.8万円下です。これは時間の経過による変化ではなく、同じ月の産業間の横比較です。「上がった」と「高い」は違います。
第2段階。伸びを押し上げたのは、毎月入る部分ではありません。 特別に支払われた給与が9.9%増と最も大きく、毎月入る所定内給与は3.4%増にとどまります。しかも所定内の伸びは産業計の3.5%をわずかに下回っています。毎月の実感を作るのは所定内給与なので、ここが平均並みなら実感も平均並みです。
第3段階。同じ「医療,福祉」の中でも増え方が違います。 就業形態別に分けると差が見えます。
その前に、用語をひとつ確認させてください。毎月勤労統計の「一般労働者」は、雇用身分としての常勤や正社員と同じ意味ではありません。 パートタイム労働者は「1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者」または「1週の所定労働日数が一般の労働者より少ない者」と定義され、一般労働者は常用労働者のうちパートタイム労働者でない者を指します。所定労働時間と日数による区分です。自分を「常勤だから一般労働者の欄」と機械的に当てはめると、比較を誤ることがあります。
| 区分 | 現金給与総額 | 特別に支払われた給与 |
|---|
| 一般労働者 | 604,284円(+7.7%) | 252,463円(+11.8%) |
| パートタイム労働者 | 168,036円(+3.4%) | 31,070円(+6.4%) |
一時金の伸びは、一般労働者が11.8%、パートタイム労働者が6.4%。金額では252,463円と31,070円で、8倍以上の開きがあります。「医療・福祉は6%増」という平均値は、この2つを混ぜた結果です。非常勤で働いている人が自分の明細に6%を探しても、見つかりません。
「特別に支払われた給与」は賞与のことではありません
ここが今回いちばん誤解されやすいところです。ニュースでは「ボーナス」と言い換えられがちですが、統計上の定義は違います。
同確報の「利用上の注意」によれば、特別に支払われた給与に含まれるのは次の4つです。
- 夏冬の賞与、期末手当等の一時金
- 支給事由の発生が不定期なもの
- 3か月を超える期間で算定される手当等(6か月分支払われる通勤手当など)
- いわゆるベースアップの差額追給分
つまり、6か月分まとめて支給される通勤手当も、ベースアップが遅れて決まったときの差額の追給も、この項目に入ります。+9.9%を「夏のボーナスが9.9%増えた」と読むことはできません。 賞与だけを取り出した集計は、この確報とは別に後日公表されます。
自分の明細で確認するなら、6月に支給された一時金の中に、通勤手当のまとめ支給や、遅れて出た差額が混ざっていないかを見てください。混ざっていれば、賞与そのものの増減とは分けて比較する必要があります。
労働時間のほうも見ておきます
同じ確報には労働時間も載っています。医療・福祉の就業形態計で、総実労働時間は月130.5時間(前年比▲1.1%)、所定内労働時間126.0時間(▲1.0%)、所定外労働時間4.5時間(▲4.3%)、出勤日数17.7日(前年差▲0.1日)でした。調査産業計は総実労働時間139.3時間、所定外9.7時間です。
所定外労働時間が月4.5時間、という数字を見て「うちの病棟とはまったく違う」と感じたなら、その感覚も間違っていません。理由は2つあります。
ひとつは、これがパートタイム労働者を含む平均だということ。パートタイム労働者の所定外労働時間は月1.1時間で、この層が多い医療・福祉では平均が大きく下がります。一般労働者だけを見ると6.3時間です。
もうひとつは、この統計が事業所の回答(記録)に基づくという性質です。労働時間として記録されていない時間は、集計にも現れません。統計と実感がずれるとき、どちらかが間違っているのではなく、記録の範囲が違っている可能性があります。打刻と実態のずれが気になる人は、賃金不払の指導事例から給与明細を確認するほうを先に読んでください。
なお所定外給与は7.4%増える一方で所定外労働時間は4.3%減っています。この2つを因果で結ぶには、単価の変化や集計対象の入れ替えなど、この確報だけでは分からない要素が多すぎます。両方が公表値である、という事実だけを持っておくのが安全です。
物価を差し引くとどうなるか
全体の実質賃金指数(現金給与総額、消費者物価指数の持家の帰属家賃を除く総合で実質化)は145.0で、前年同月比2.2%増でした。同じ物価指数の前年同月比は1.9%上昇です。消費者物価指数の総合で実質化した場合は147.9、2.3%増となっています。
これは調査産業計の数字であり、医療・福祉に限った実質賃金ではありません。また、実質賃金は集団の平均を物価で割った指標なので、個人の手取りが2.2%増えたことを意味するものでもありません。
「医療,福祉」に誰が入っているか
統計の産業分類でいう「医療,福祉」は、病院と診療所だけの枠ではありません。介護保険施設、障害福祉サービス事業所、保育所といった福祉分野が同じ列に入ります。看護職だけを抜き出した集計ではないので、「看護師の給料が6%上がった」と言い換えた時点で、元の数字とは違うものになります。
自分の職場の状況を知りたい場合、この統計は背景の確認までしかできません。実際の判断材料になるのは、自分の明細と就業規則です。
明細を見る順番
- 6月の支給総額のうち、一時金がいくらか。 毎月の給与部分と分けます。
- 一時金の中身。 賞与、通勤手当のまとめ支給、差額の追給が混ざっていないか。
- 所定内給与の前年比。 基本給と固定的な手当が去年と比べてどうか。
- 所定外(残業)の金額と時間。 単価が変わっていないか。
- 自分の所定労働時間と日数。 統計のどちらの列と比べるべきかは、肩書ではなく所定労働時間・日数で決まります。
- 職場の賞与月数と支給月。 年間で何か月分か、いつ出るか。
- 物価上昇分。 増えた額が生活費の増加に追いついているか。
- 「医療,福祉」との距離。 自分の施設種別と職種が、この区分の平均にどれだけ近いか。
この8つを一度整理しておくと、来年同じニュースを見たときに、自分の位置がすぐ分かります。
職場で変えられる部分と、そうでない部分
賞与月数や基本給表は、施設ごとに決まっています。これは個人の交渉では動きにくい部分です。一方で、雇用形態の変更、夜勤回数、資格手当や役職手当の要件は、職場の中で確認できる余地があります。非常勤の一時金が少ないことに納得がいかないなら、常勤への転換要件を確認するところから始められます。
水準そのものを動かす必要があると分かったなら、求人を開く前にやることがあります。基本給、一時金、夜勤回数、施設種別のうち、自分の年収を決めているのはどれか。年収診断で切り分けておくと、月給の数字だけで比べる失敗を避けられます。
そこまで考えを進める前に、ひとりで堂々巡りになっているようなら、カンゴさんに匿名で相談する場所もあります。
よくある質問
Q. 医療・福祉は産業平均より給与が高いのですか。 伸び率では上回りました。ただし6月の金額そのものは456,637円で、産業計の534,823円に届いていません。どれだけ増えたかと、いくらもらっているかは別の話です。
Q. なぜ8月に6月の数字が出るのですか。 毎月勤労統計は速報と確報の2段階で公表されます。6月分の速報は2026年8月5日、確報は8月24日の公表です。確報では数値が改定されることがあります。
Q. 速報と確報で数字は変わりましたか。 変わりました。医療・福祉の現金給与総額は速報455,586円(+5.8%)から確報456,637円(+6.0%)へ、所定内給与は速報+3.0%から確報+3.4%へ改定されています。速報時点の数字を引用している記事を見かけたら、確報と混ざっていないか確認してください。
Q. この確報の信頼性はどのくらいですか。 調査対象事業所33,058に対し回答24,895、回収率は75.3%と公表されています。
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参考資料
ここまでは統計をどう分解するかという話でした。あなたの支給額が妥当かどうか、勤務先の賃金規程が適切かどうかは、この数字からは分かりません。実額の根拠は就業規則にあり、疑問は給与担当部署に向けるのが早道です。
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