始業30分前のカルテ確認、勤務時間の後に組まれた院内研修、終業時刻を過ぎてから始まる申し送り。これらの時間は、打刻にも給与明細にも残っているでしょうか。
この記事は、病棟・外来・クリニック・訪問看護のどこで働いていても、「自分の労働時間が正しく記録されているのか確かめたい」と感じている看護師さんに向けて書いています。読み終えると、9月15日に国が公表した数字が何を指しているのか、自分の一日のうちどの時間を書き出せばよいのか、職場と公的な窓口のどちらに何を聞けばよいのかを、自分で判断できるようになります。
9月15日の公表数字は「疑いのある事業場」を調べた結果です
厚生労働省は2026年(令和8年)9月15日、「長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果」を公表しました。対象期間は令和7年4月から令和8年3月です。
| 項目 | 事業場数 | 割合 |
|---|
| 監督指導を実施した事業場 | 29,150 | 100.0% |
| 労働基準関係法令違反があった事業場 | 22,882 | 78.5% |
| うち違法な時間外労働があった事業場 | 11,228 | 38.5% |
| うち賃金不払残業があった事業場 | 1,901 | 6.5% |
| うち健康障害防止措置が未実施の事業場 | 5,919 | 20.3% |
| 労働時間の把握が不適正で指導を受けた事業場 | 4,045 | 13.9% |
読み違えたくないのは、この29,150事業場が全国から無作為に選ばれたわけではないという点です。資料は対象を「各種情報から時間外・休日労働時間数が1か月当たり80時間を超えていると考えられる事業場や、長時間にわたる過重な労働による過労死等に係る労災請求が行われた事業場等」と説明しています。あらかじめ長時間労働が疑われる事業場を選んで立ち入った結果が38.5%です。したがって「看護職の38.5%が違法な残業をしている」とも「病院のおよそ4割が違反している」とも読めません。
業種別では、保健衛生業として集計された事業場が3,810事業場(実施事業場の13.1%)、うち違法な時間外労働が確認されたのは1,460事業場でした。ただしこの区分には診療所や社会福祉施設なども含まれ、資料は内訳も看護職に限った件数も示していません。資料に掲載された監督指導の事例は建設業、ソフトウェア業、河川の管理業務の3件で、医療・保健衛生の事例は含まれていませんでした。
前残業・研修・申し送りを「指示」と「実態」で分け、一週間書き出す
自分の一日を点検する手がかりになるのが、日本看護協会が公開している「労働に関するよくあるご質問」です。同ページには次の趣旨の回答が掲載されています(2026年9月16日確認)。
- 業務上、参加を指示された研修・委員会・看護研究等の時間は労働時間として取り扱うのが適切で、勤務時間外に行われた場合は残業代の支払いが必要である
- 新人だからという理由で時間外労働の申請を認めない取扱いは適切ではなく、実際に行った時間外労働には残業代を支給する義務がある
- 訪問看護師が自宅で看護記録を行う場合も、上司の明示または黙示の指示を受けているのであれば労働時間にあたる
要点は「指示」という言葉です。文書やメールで参加を求められた場合だけでなく、上司が知りながら止めない、参加しなければ業務が回らないという状況も黙示の指示にあたり得るという整理になっています。「自己研鑽だから」「自分が遅いから」と自分の側に寄せて判断する前に、その時間が誰の指示で発生しているかを分けて見てください。出席簿に名前が残っていても、勤怠に反映されていなければ記録上は存在しない時間になります。
次の表を手帳やメモアプリに写し、まず一週間分を記録します。
| 業務の種類 | 指示はあったか(明示/黙示/なし) | 開始時刻と終了時刻 | 打刻に入っているか | 給与明細に反映されているか |
|---|
| 始業前の情報収集・カルテ確認 | | | | |
| 始業前のミーティング・朝礼 | | | | |
| 申し送り(始業前・終業後) | | | | |
| 院内研修・eラーニング | | | | |
| 委員会・係の準備作業 | | | | |
| 看護研究・症例発表の準備 | | | | |
| 勤務終了後の記録の残務 | | | | |
| 自宅で行った記録・資料作成 | | | | |
書くときの注意が三つあります。患者さんの氏名・ID・病状など個人が特定できる情報は一切書かないでください。必要なのは「何時から何時まで、何の種類の業務をしたか」だけです。記録は職場の共有端末ではなく手元に残します。勤務の種類で発生する時間が違うため、できれば一か月分そろえると傾向が見えます。
打刻・勤務表・給与明細の三つを突き合わせる
今回の資料には、労働時間の把握そのものに関する指導状況も載っています。4,045事業場(13.9%)が把握の方法について指導を受け、内訳は始業・終業時刻の確認・記録に関する指導が2,620事業場、自己申告制をとる事業場での実態調査の実施に関する指導が1,465事業場でした。また労働時間の管理方法を確認したところ、6,517事業場が自己申告制で始業・終業時刻を記録していました。
資料の事例の一つ(河川の管理業務を行う事業場)では、労働者が記録した始業・終業時刻とパソコンの使用時間記録に1時間以上の乖離がある日が複数あり、事業場側が理由を把握していませんでした。労働基準監督署は過去にさかのぼった実態調査と、不足していた割増賃金の支払いを指導しています。医療現場に置き換えれば、電子カルテへのログイン記録と打刻時刻の差が同じ構図にあたります。
自分で照合するときは、次の順番が扱いやすいはずです。
- 前の章で書き出した開始・終了時刻を、打刻(タイムカードやICカード)の記録と並べる
- 勤務表に書かれた勤務時間と、打刻の記録の差を月単位で数える
- 給与明細の時間外手当が「何時間分」として計算されているかを見て、2で数えた差と合っているか確かめる
差が出た日と時間数を控えれば、感覚ではなく数字で話せます。明細のどの欄を見ればよいか自体に迷う場合は2026年7月の賃金速報と給与明細の読み方、賃金不払に関する行政の集計を看護の場面に置き換えた記事は始業前の15分をどう扱うかにまとめてあります。
職場に確認することと、公的な窓口に相談することは分ける
ここからは編集部の提案です。記録がそろったら、是非を問う前に「取り決めを教えてもらう」形で職場に確認するほうが話が進みやすくなります。看護管理者・人事・給与担当に聞きたいのは次の四つです。
- 始業前の情報収集を勤務時間に含めるかどうかについて、院内の取り決めや文書があるか
- 院内研修や委員会は参加の指示が出ているのか任意なのか、時間外に行う場合の勤務の扱いはどうか
- 自己申告制の場合、申告した時間と打刻に差が出たとき、誰がどのように確認する手順になっているか
- 時間外手当の計算に使う時間数は、何を根拠に集計されているか
「違法ではないですか」と切り出すより、「どの取り決めに基づいて処理されているのか教えてください」と聞くほうが、担当者も答えやすくなります。取り決め自体が見当たらない、あるいは説明と実態が食い違う場合は、今回の監督指導を行っている労働基準監督署が相談先になります。労働時間の考え方を先に確かめたいときは、日本看護協会の労働に関するよくあるご質問に目を通しておくと論点を絞れます。
記録が残っていないことを、個人の段取りの問題として引き受ける必要はありません。今回の資料で指導の対象になっているのも、労働者ではなく事業場側の記録と管理の仕組みでした。
働き方を変える選択肢は、転職だけではありません
記録を見て負担が大きいと分かったとき、選べる道は複数あり、解決できることとできないことが異なります。
現職のまま変えられる可能性があるものは、記録の取り方(申し送りの開始時刻を打刻に含める、研修を勤務時間内に組み替える)、勤務時間の配分、時短勤務などの制度利用です。委員会・研修の負担そのものを軽くする考え方は委員会や研修がつらいときの整理にまとめてあります。院内の異動で変わりやすいものは部署ごとの業務量や前残業の慣習ですが、給与体系や勤怠の仕組みは病院単位で共通なので変わりません。
転職で変わりやすいものは打刻方法、時間外申請の運用、研修を勤務扱いにするかどうかといった制度面です。変わりにくいものは記録業務の総量や繁忙期の忙しさなど、看護の仕事そのものに伴う部分です。そして転職しても、今の職場で発生した未記録の時間が自動的に清算されるわけではありません。辞めるかどうかを決める前に記録を残す意味はここにあります。求人を見比べる段階では、「時間外手当は何分単位で計算するか」「院内研修は勤務扱いか」「勤怠は何で打刻するか」の三つを募集要項や面接で確認してください。
参考資料
未確認の事項:保健衛生業3,810事業場の内訳(病院・診療所・社会福祉施設などの別)と、看護職に限った違反件数は公表資料に記載がなく、本記事では推計していません。
最終確認日:2026年9月16日。数値は厚生労働省の公表資料に基づきます。自分の職場の取扱いは、就業規則・給与規程と所管の労働基準監督署にご確認ください。
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