訪問を終えて車に戻り、次の利用者宅へ向かう前にメモを打ち込む。帰所してから同じ内容をシステムへ入れ直す。訪問看護で「記録が終わらない」と言うとき、負担の中身は書くこと自体よりも、同じ情報を場所を変えて二度扱うところに寄っていることがあります。
株式会社エス・エム・エスは2026年9月17日、株式会社ENBASEとの提携により、AI記録アシスタント「スタンドLM」で作成した記録を介護ソフト「カイポケ」へワンタップで反映できるようにしたと発表しました。提供はまず訪問看護ステーションが対象で、訪問介護事業所、居宅介護支援事業所、福祉用具貸与事業所などへは順次拡大する予定と説明されています。
この記事は製品を勧めるためのものではありません。発表文で確認できた範囲だけを使い、録音から送信までを工程に分け、どこがAIの担当になり、どこが人の手に残るのかを読み解きます。管理者へ確認すべき項目と、導入の是非を判断する前に測っておくべき数字は、記事の後半にそのまま使える形で並べました。臨床上の判断や医療情報の取り扱いについては、必ず事業所の管理者と情報管理の担当者の指示を優先してください。
9月17日の発表で分かったこと、分からないこと
| 発表文で確認できたこと | 発表文からは確認できないこと |
|---|
| ケア中の会話をアプリで録音し、AIが看護記録Ⅱ(観察記録)を作成する | 録音データの保存先、保存期間、削除方法、閲覧権限 |
| 記録はSOAP、サマリ、経時記録、Focus Chartingの形式に対応 | 記載の精度や、修正が必要になる頻度 |
| 送信前に内容を確認する画面を挟み、確認後にワンタップでカイポケへ登録 | 確認にかかる時間、差し戻し時の操作 |
| 対象は訪問看護ステーションから開始、他サービス種別は拡大予定 | 拡大の具体的な時期 |
| 利用にはENBASEとの別途契約が必要 | 通常の利用料金(発表文に記載なし) |
| 発表日は2026年9月17日 | 提供開始の具体的な日付(発表文に明記なし) |
発表文には、先行して導入した事業者から「日々の記録や報告書・計画書の作成にかかる時間が50%減った」との声が寄せられたことも記されています。ただし同じ発表文が「すべての導入事業者に同様の効果を保証するものではございません」と明記しています。これは個別の事業者の実感であり、自分の事業所で同じ結果になる根拠にはなりません。
料金面では、カイポケ会員がカイポケ経由で申し込む場合に1か月無料で利用できるとされています(発表文の2026年9月時点の記載。終了時期の記載はありません)。無料期間と、その後に継続してかかる費用は別のものとして扱ってください。
録音から送信までを工程に分ける
発表文の説明を、実務の順序に置き直すと次のようになります。担当欄は発表文から読み取れる役割で、右の2列は編集部が確認項目として補ったものです。
| 工程 | 主に担う側 | 何を確かめるか | うまくいかないときの対応 |
|---|
| ケア中の会話を録音する | 人(訪問した看護師) | 事業所の承認、利用者・家族への説明、機器の準備 | 承認や説明が済んでいなければ録音しない |
| 会話から記録の案を作る | AI | 発話のどこが記録に取り込まれたか | 取り込まれない場面は従来どおり手で書く |
| 記載形式に整える | AI | SOAP・経時記録など、事業所で使う形式と合うか | 形式が合わなければ様式側の設定を相談する |
| 内容を確認する | 人 | 事実関係、時系列、否定表現、数値、固有名詞 | 迷った箇所は送信せず管理者へ確認する |
| 修正・加筆する | 人 | 観察した所見、判断の根拠、実施した処置 | 修正が多い場面を記録して共有する |
| カイポケへ送信する | 人の操作 | 送信先の利用者、日付、重複登録の有無 | 誤送信時の訂正手順を事前に決めておく |
| 報告書・計画書へ反映する | 人 | 記録との整合、提出期限 | 期限に間に合う締切を逆算する |
この表で見えるのは、置き換わるのが主に「案を作る」「形式に整える」の2工程で、確認から送信までは人の操作として残るという構図です。送信前に確認画面を挟む仕様であること自体が、記録の責任が人の側に残っていることを示しています。
転記が減っても、なくならない仕事
二重入力が減れば楽になる、と考えたくなりますが、訪問看護の記録にはAIが引き受けにくい部分があります。
- 発話されなかった観察(表情、皮膚の状態、住環境、臭い、家族の様子)
- 判断の根拠(なぜその処置を選び、なぜ見送ったのか)
- 利用者や家族の言葉の解釈と、そのまま残すべき発言の区別
- 主治医やケアマネジャーへ伝える内容の取捨選択
- 同じ場面に複数の解釈があるときの書き分け
これらは訪問した本人にしか書けません。AIが下書きを出すことで、書き起こす時間は短くなる可能性がありますが、読み直して不足を補う作業は増える方向にも動きます。導入後にどちらへ振れたのかは、感覚ではなく記録を取って確かめる必要があります。
なお編集部は実機での検証を行っていません。本記事の工程表は発表文の記述をもとにした整理であり、製品の性能を評価したものではありません。
録音を始める前に、事業所で決めておくこと
ケアの場面を録音する運用は、看護師個人の判断で始められるものではありません。導入を検討する段階で、少なくとも次の点を事業所として決めておく必要があります。
- 事業所として契約しているか(スタンドLMはENBASEとの別途契約が必要)
- 利用者・家族へいつ、誰が、どのように説明し、同意をどう残すか
- 録音を断られた場合の記録方法
- 音声データの保存場所、保存期間、削除の手順
- 誰が音声と記録を閲覧できるか、退職時の権限はどう外すか
- 個人の端末を使うのか、事業所の端末に限るのか
- 通信できない環境や機器の不具合が起きたときの代替手順
発表文には情報管理に関する具体的な記載がありませんでした。したがって、これらは製品側の仕様を事業所が確認したうえで、自分たちの運用として定める部分になります。利用者の情報を、事業所が認めていない経路へ入力しないことは、どの製品を使う場合でも共通の前提です。
効果を測るなら、修正の回数まで数える
導入の前後を比べるとき、入力にかかった時間だけを見ると実態を取りこぼします。訪問看護の記録業務は、次のように分けて記録すると比較できます。
| 測る項目 | 導入前 | 導入後 |
|---|
| 1件あたりの記録作成時間 | | |
| 確認・修正にかかった時間 | | |
| 修正が必要だった件数の割合 | | |
| 帰所後に残った記録の件数 | | |
| 報告書・計画書の作成時間 | | |
| 利用者への説明に使った時間 | | |
短くなった時間が何に使われたのかも同時に見ます。訪問件数の上乗せに充てられれば、記録が速くなっても総労働時間は変わりません。測定期間は繁忙期と通常期の両方を含め、機器の操作に慣れていない職員の結果も入れてください。
今の事業所で相談できること、事業所を変えても残ること
現職で提案できることは、製品の導入可否だけではありません。記録様式の項目を減らす、同じ内容を複数の書類へ書く運用を見直す、記録を書く時間を訪問スケジュールに組み込む、といった調整は契約を変えずに検討できます。導入する場合も、試用期間の条件、教育、問い合わせ先、中止の判断基準を先に決めておきます。記録と残業の関係を整理したい場合は業務量・残業の考え方、記録業務をめぐる国の動きは看護記録とAIの位置づけも参考になります。
事業所を変えることで変わりやすいのは、記録システムの種類、訪問件数、オンコールの体制、直行直帰の可否といった運用条件です。一方で、利用者へ説明する責任、記録の最終確認、医療情報を扱う慎重さは、どこへ移っても看護師の手に残ります。「AI導入済み」という条件だけを比較材料にせず、確認作業を誰がどの時間に行っているかまで質問してください。
負担がどの工程で生じているか言葉にしにくいときは、カンゴさんで「録音」「確認」「送信後の修正」のように場面を分けて書き出す方法があります。訪問看護そのものへの転職を検討している段階であれば、訪問看護の求人を見る前に確かめることもあわせて読んでみてください。
参考資料
編集部の最終確認日:2026年9月18日。本文の工程表・測定表は発表文の記述をもとに編集部が作成した確認用の整理であり、製品の動作を検証した結果ではありません。録音データの管理、利用料金、提供開始日の詳細は発表文からは確認できていないため、導入検討時は提供各社と事業所の管理者へ直接ご確認ください。
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