2026年8月31日更新:10月1日から、カスハラ対策は事業主の義務になります
先に、いちばん期限が近い話から書きます。
厚生労働省は、改正労働施策総合推進法等により、カスタマーハラスメントや求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が事業主の義務となること、その施行日が令和8年(2026年)10月1日であることを公表しています。
8月28日の介護給付費分科会へ提出された資料にも、改正労働施策総合推進法が本年10月から施行され、介護事業者を含むすべての事業主に対して、カスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上必要な措置が義務化されると記載されています。根拠となる法律は令和7年法律第63号(2025年6月11日公布)です。
これは「検討中の論点」ではありません。1か月後に効力を持つ義務です。訪問看護ステーションも、訪問介護事業所も、病院も、事業主である以上は対象になります。
事業主が講じなければならない措置
資料に示された、カスタマーハラスメント防止のために必ず講じなければならない措置は次のとおりです。
| 区分 | 措置の内容 |
|---|
| 方針の明確化・周知 | カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、周知・啓発する |
| 方針の明確化・周知 | カスハラの内容とあらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知する |
| 相談体制 | 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する |
| 相談体制 | 相談窓口担当者が適切に対応できるようにする |
| 事後対応 | 事実関係を迅速かつ正確に確認する |
| 事後対応 | 被害者に対する配慮のための措置を行う |
| 事後対応 | 再発防止に向けた措置を講ずる |
| 抑止のための措置 | 特に悪質と考えられるカスハラへの対処方針をあらかじめ定め、周知し、対処できる体制を整備する |
| 併せて講ずべき措置 | 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知する |
| 併せて講ずべき措置 | 相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、周知・啓発する |
あらかじめ定めた対処の内容の例として、資料は管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ、可能な限り労働者を一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐを挙げています。
「可能な限り労働者を一人で対応させない」が、講ずべき措置の例として国の資料に書かれている、という事実は覚えておいてください。一人訪問への不安は、個人の気持ちの問題ではなく、事業主の措置義務に関わる論点になりました。
10月1日までに自分の事業所で確認できること
- カスハラに毅然と対応し職員を保護する、という方針が文書になっているか
- その方針を、常勤・非常勤・登録ヘルパーを含む全員が見られる場所にあるか
- 相談窓口が決まっていて、誰が担当か分かるか
- 相談したことで不利益な扱いを受けない旨が明文化されているか
- 特に悪質な事案への対処方針(警察通報を含む)が事前に決まっているか
- 訪問先で危険を感じたとき、その場で誰の指示を仰ぐか決まっているか
決まっていない項目があれば、それは10月1日以降は法律上の不備になり得ます。個人が抱える問題ではなく、事業所が期日までに整えるべき事項として管理者へ伝えてください。
複数名訪問加算があっても使いにくい理由
同じ資料には、報酬上の枠組みについても現状と課題が示されています。訪問看護などでは、暴力行為や著しい迷惑行為等が認められる場合、複数名で訪問したときの加算があります。
ただし、現行制度では利用者・家族の同意が必要で、利用者の自己負担も増えます。安全のため同行が必要でも同意を得られない、事業所が費用を負担する、結果として加算の算定率が低いという課題が会議資料に示されました。
重要なのは、2027年度の扱いはまだ決定していないことです。会議資料は現状・課題・論点であり、「自己負担がなくなった」「複数名訪問が義務になった」とは書けません。
現行制度と今後の議論を分けて確認する
| 項目 | 2026年8月31日時点の読み方 |
|---|
| 複数名訪問加算 | 暴力・著しい迷惑行為等が認められる場合などに算定の枠組みがある |
| 利用者・家族の同意 | 現行の算定で必要になる |
| 自己負担 | 加算に伴い利用者負担が増えることがある |
| 同意が得られない場合 | 補助制度や事業所負担の扱いを自治体・事業所で確認する |
| 2027年度改定 | 分科会で検討中。確定通知ではない |
同行の必要性を判断することと、加算を算定できることは同じではありません。「請求できないから一人で行く」と現場へ戻すのではなく、安全上必要な訪問方法、利用者への説明、費用、自治体の支援を分けて管理者が判断する必要があります。
複数名訪問加算の中身
資料に示された訪問看護の複数名訪問加算は、次の構成です。
| 加算 | 組み合わせ | 所要時間 | 単位数 |
|---|
| 複数名訪問加算Ⅰ | 複数の看護師等 | 30分未満 | 254単位 |
| 複数名訪問加算Ⅰ | 複数の看護師等 | 30分以上 | 402単位 |
| 複数名訪問加算Ⅱ | 看護師等+看護補助者 | 30分未満 | 201単位 |
| 複数名訪問加算Ⅱ | 看護師等+看護補助者 | 30分以上 | 317単位 |
算定の要件は、複数名で訪問することについて利用者又はその家族等の同意を得ている場合であって、次のいずれかに該当するときです。
- イ 利用者の身体的理由により1人の看護師等による訪問看護が困難と認められる場合
- ロ 暴力行為、著しい迷惑行為、器物破損行為等が認められる場合
- ハ その他利用者の状況等から判断して、イ又はロに準ずると認められる場合
「ロ」は令和3年度から算定できるようになった区分です。ここで実務上の行き止まりが生まれます。資料は、利用者・家族に自己負担の増額が発生するため、算定にあたっては利用者・家族の同意を得ることが前提となっており、実際にはその算定率は低いことが課題と明記しています。
暴力行為が理由で同行が必要な相手に、その同行の費用負担への同意を求める。この構造が、加算があっても使われない理由です。あなたの事業所で「加算は取っていないが二人で行っている」なら、その差額は事業所が負担しています。安全のための持ち出しがどれくらい続いているかは、管理者と共有しておく価値があります。
ケアマネジャーには、この加算がありません
資料には、2026年6月1日に埼玉県でケアマネジャーが利用者宅で危害を加えられ死亡した事案が記載されています。そのうえで、ケアマネジャーが利用者宅へ複数名で訪問する際の介護報酬上の加算措置は現状ないこと、複数名訪問に必要な経費は地域医療介護総合確保基金の「地域のケアマネジメント提供体制確保支援事業」を利用できるが、令和7年度補正予算であり継続的な予算措置に課題があることが示されています。
訪問看護師にとっても他人事ではありません。担当者会議やサービス調整で同じ利用者宅に関わる職種が、同行の裏づけを持たないまま単独で訪問している可能性があります。危険情報を把握したとき、自事業所の中だけで共有して終わらせず、ケアマネジャーや他サービスへどう伝えるかを決めておいてください。情報を渡さないことが、次に訪問する誰かの単独訪問になります。
同意が得られないときに現場へ丸投げしない
利用者・家族が追加負担に同意しない場合でも、看護師に危険な一人訪問を強制してよいことにはなりません。次の順に組織で検討します。
- 事実と過去の言動を、評価語ではなく具体的に記録する
- 一人で訪問しない基準に該当するかを管理者が判断する
- 利用者・家族へ、複数名訪問の理由と費用を説明する
- 自治体の補助事業、事業所負担、他職種同行の可否を確認する
- 同意が得られない場合の訪問条件・契約・中止判断を整理する
- 緊急時の退避、通報、再訪問の責任者を決める
制度の不足を、一人で訪問する看護師の我慢で埋めないことが要点です。
「怖い」は甘えではなく、職場設計の問題です
訪問看護で不安になりやすいのは、次のような場面です。
- 利用者さんや家族から強い言葉を受ける
- 密室で性的な言動や身体接触を受ける
- 怒鳴り声、威圧、物を投げるなどの行為がある
- 以前からトラブルがある家に一人で訪問する
- 訪問中に助けを呼ぶ手順が曖昧
- 「みんな我慢しているから」と報告しにくい空気がある
ここで大切なのは、看護師本人の我慢強さではありません。危険が予見される利用者宅に一人で行かせるのか、同行訪問へ切り替えるのか、訪問を中止する判断は誰がするのか。これは個人の勇気ではなく、事業所の安全管理です。
安全な訪問看護ステーションを見分ける5つの質問
面接や見学では、次の質問をそのまま聞いてください。
1. 危険が予見される利用者さんへの訪問は同行訪問にできますか?
「必要に応じてできます」だけでは弱いです。具体的に、どの条件で同行訪問になるのか、誰が判断するのかを確認します。過去に暴言・暴力・性的言動があったケースで、同行訪問や担当変更の実績がある職場は、安全への感度が高いです。
2. 訪問中に危険を感じた時の緊急連絡ルールはありますか?
スマホを持っているだけでは不十分です。緊急時に誰へ連絡するか、電話に出られない場合はどうするか、位置情報や訪問予定の共有はあるかを見ます。管理者が「何かあったら電話して」だけで終わらせる職場は、現場任せになりやすいです。
3. ハラスメントや暴力を受けた時、記録と報告の様式はありますか?
報告書、事故報告、ヒヤリハット、カスハラ記録など、名前は何でも構いません。大切なのは、個人の愚痴で終わらせず、組織の記録として残すことです。記録が残らない職場では、次の訪問者も同じ危険にさらされます。
4. 地域包括支援センター、ケアマネ、主治医、警察と連携する判断基準はありますか?
在宅ケアは一つの事業所だけでは完結しません。利用者さんの状態、家族関係、近隣トラブル、認知症、精神疾患、アルコール問題などが絡むこともあります。危険がある時に、事業所内だけで抱えず、地域の関係者へつなぐ仕組みがあるかを見ます。
5. 「訪問を断る」「契約を見直す」基準はありますか?
利用者さんを支えることは大切ですが、看護師の安全が犠牲になる働き方は続きません。暴力や重大なハラスメントが続く場合、訪問条件の変更、複数名訪問、契約見直しを検討できる職場かを確認してください。
危ない職場のサイン
次の言葉が出る職場は注意が必要です。
- 「訪問看護はそういうものだから」
- 「家族対応も含めて看護師の仕事」
- 「前任者も我慢していた」
- 「トラブルは利用者さんとの信頼関係で何とかして」
- 「同行訪問は人員的に無理」
- 「報告すると面倒が増えるから、まず自分で対応して」
もちろん、どの職場にも難しい利用者さんはいます。問題は、難しいケースを個人の責任にしているか、組織で支える仕組みがあるかです。
いまの事業所は、10月に間に合いそうか
一人訪問の不安を「続けるか辞めるか」で考える前に、その事業所が10月1日に間に合うかどうかで見てみてください。判断の軸が変わります。
間に合いそうな事業所には、共通して次のような反応があります。危険な訪問を報告したときに管理者が最後まで聞く。同行や担当変更が実際に行われた例がある。緊急時の連絡先と判断手順が文書になっている。利用者への責任と職員の安全を、両方の話として扱う。
こうした土台がある事業所なら、10月の措置義務は「すでにやっていることを文書化する」作業になります。あなたの側も、いま辞める判断を急ぐ必要はありません。義務化を機に何が整うかを見ながら、経験を積む選択が取れます。
逆に、危険を伝えても「大げさ」と返される、暴言や性的言動や暴力が記録として残らない、同行を頼める相手がいない、相談しても「人がいないから」で終わる——この状態のまま10月を迎えるなら、法律が変わっても現場は変わらない可能性が高いと考えたほうが現実的です。
すでに眠れない、訪問前に動悸がする、出勤が怖いという症状が出ているなら、それは順番が違います。制度の話より先に、体の話です。産業医、かかりつけ医、事業所の相談窓口、自治体の相談先へつないでください。その状態を本人の弱さだけに帰すことはできません。危険を個人に引き受けさせる職場設計が、不安や負担の一因になっている可能性も含めて相談してください。
考えを整理する段階なら、職場の悩みを匿名で整理できる掲示板や、給料コンパスの適正年収診断で、何が一番引っかかっているのかを言葉にするところから始められます。
訪問看護へ転職する前に見るべき求人票の項目
訪問看護の求人では、給与やオンコール回数だけでなく、次を確認します。
| 確認項目 | 見る理由 |
|---|
| 同行訪問期間 | 新人・未経験者を一人で放り出さないか |
| 複数名訪問の運用 | 危険ケースへの対応力 |
| 管理者の訪問同行 | 現場を知っている管理者か |
| 緊急連絡体制 | 訪問中に孤立しないか |
| カスハラ対応規程 | 職員を守る文化があるか |
| オンコール後の休み | 安全と疲労管理への意識 |
訪問看護の給与や働き方は、訪問看護ステーションの賃上げ本気度を見抜く記事でも整理しています。駐車や移動の不安は訪問看護車両の駐車許可の解説も参考にしてください。
まとめ
訪問看護は、病棟とは違うやりがいがあります。利用者さんの生活に深く関われる一方で、一人訪問の安全確保は避けて通れません。
見るべきなのは、「怖くない人だけが向いているか」ではありません。怖い場面を一人にしない職場かです。
訪問看護へ移るか迷っているなら、まずは安全確保の質問を面接で聞ける状態にしておきましょう。給与・オンコール・訪問件数だけでなく、職員を守る仕組みまで見て選ぶことが、長く働けるステーション選びにつながります。
訪問看護は危険な仕事ですか?
すべての訪問看護が危険というわけではありません。ただし、利用者宅に一人で入る働き方には、病棟とは違うリスクがあります。安全な職場は、同行訪問、緊急連絡、ハラスメント記録、地域連携の仕組みを持っています。
面接で安全対策を聞くと印象が悪いですか?
悪くありません。むしろ安全対策を聞かれて答えられない職場の方が心配です。「危険が予見される利用者さんへの訪問は同行訪問にできますか」と具体的に聞くと、職場の姿勢が見えます。
訪問看護が怖いなら病棟に残るべきですか?
怖さの理由によります。一人訪問そのものが強い負担なら病棟や外来の方が合う場合もあります。一方で、安全体制のあるステーションなら不安が軽くなることもあります。自分の不安が職種の問題なのか、職場設計の問題なのかを分けて考えてください。
面接で聞くなら、10月1日を基準にする
転職や異動を検討していて、訪問先での安全を確かめたいときは、抽象的に「安全対策はしていますか」と聞いても「しています」で終わります。期日が決まった話に寄せると、答えの具体性が変わります。
| 聞き方 | 何が分かるか |
|---|
| 10月からのカスハラ措置義務に向けて、何を準備していますか | 法改正を認識しているか、準備の進み具合 |
| 相談窓口は誰が担当していますか | 窓口が実在するか、名前が出るか |
| 訪問先で危険を感じたとき、その場で誰に連絡しますか | 指示系統が決まっているか |
| 複数名訪問加算は算定していますか。同意が得られない場合はどうしていますか | 費用負担を事業所が引き受けているか |
| 訪問を中止した実例はありますか | 中止が選べる職場か、記録に残るか |
| 危険情報をケアマネジャーや他サービスへどう共有していますか | 事業所の外まで安全を考えているか |
答えに詰まる、あるいは「今のところ問題は起きていません」で終わる場合は、準備が進んでいない可能性があります。起きていないことは、備えていることの証明にはなりません。
これは相手を試す質問ではなく、入職後に自分が一人で判断させられる場面がどれくらいあるかを、事前に見積もるための質問です。
この記事の確認範囲
- 確認日:2026年8月31日
- 確認主体:はたらく看護師さん編集部
- 残余確認:2026年10月1日の改正労働施策総合推進法の施行後に指針・運用例を確認し、2027年度介護報酬改定の結論、告示、通知が公表された時点で更新します
本稿は、2026年10月1日施行の措置義務(決定済み)と、2027年度介護報酬改定の論点(検討中)と、現行の複数名訪問加算(運用中)を分けて整理したものです。個別事例の加算算定、契約変更、訪問中止、警察対応は、管理者、自治体、保険者、関係機関へ確認してください。