結論:議論が始まっただけで、今日の献血基準は変わっていない
2026年9月2日に開かれた薬事審議会血液事業部会の安全技術調査会で、「輸血歴に係る献血制限について」という資料が示されました。輸血を受けたことがある人を献血から一律に除外している現在の運用を、見直す検討を進めてよいかが論点として提示されています。
先に、いちばん間違えやすいところをはっきりさせます。資料に書かれているのは論点であり、意見を求める段階です。資料自身が「今後、見直しの検討を進めるに際し、整理すべき事項についてご意見をいただきたい」としており、結論や運用開始日は示されていません。したがって、輸血歴のある人が今日から献血できるようになったわけではありません。
看護師にとってこの話が実務に触れるのは、患者さんや家族から「もう献血できるようになったの?」と聞かれる場面です。ニュースの見出しだけが伝わると、会場に行って断られる人が出ます。この記事は、現行ルール、検討されている選択肢、まだ決まっていないことを分けて説明できるようにするためのものです。
この記事でわかること
- 輸血歴による献血制限がいつ、どういう理由で始まったか(1991年と1995年の2段階)
- なぜいま見直しが議題になったのか
- 諸外国が「一定期間の延期」と「無期限の制限」に分かれている理由
- 日本赤十字社が挙げた、受け入れる場合の課題
- 患者さんに聞かれたとき、看護師が言ってよいこと・言ってはいけないこと
判断材料になる一次情報
この記事は制度の解説です。実際に献血できるかどうかは、日本赤十字社の最新の献血基準と、献血会場での問診によって決まります。
制限は2段階でできている
「1995年から輸血を受けた人は献血できない」とだけ覚えると、経緯を説明できません。実際には2つの段階があります。
第1段階:1991年10月7日
日本赤十字社の社内通知として、感染症対策の対応が始まりました。当時はHBVもHCVも血清学的検査、つまり抗原または抗体の検査しか実施できませんでした。そして資料には、HCV抗体が陰性と判定された血液がPCRでHCV-RNA陽性となる率は、輸血歴のある献血者では輸血歴のない献血者の10倍近く高いという報告があった、と記載されています。
このときの対応は、期間を区切ったものでした。輸血後6か月以内の人からは採血しない。輸血後6か月を超える人から採血した血液は、輸血用血液製剤には使用せず、血漿分画製剤(アルブミン)の原料とする。より感度の高い検査法が実施されるまでの間の措置、という位置づけです。
第2段階:1995年6月12日
1994年12月に設置された「血液問題検討会」が、製造物責任法の制定を契機として輸血用血液製剤の安全性確保対策を検討し、その結果が報告書として通知されました。この報告書の「個別の安全性確保対策」に、次の記載が置かれます。
輸血歴、臓器移植歴のある者は、未知のウイルス等の感染を防ぐ意味から、問診に際して排除する。
この通知によって1991年の社内通知は廃止され、輸血歴のある人の献血は排除されることになりました。資料4-1は、平成7年6月以降は未知のウイルス等による感染も防止する観点から、輸血歴を有する者について恒久的な献血制限が運用されている、と整理しています。
つまり最初は「6か月」という期間の話だったものが、1995年に「未知のウイルス」を理由として期限のない制限に変わった、という流れです。この違いは、いま議論されている論点を理解するうえで効いてきます。
なぜ、いま見直しが議題になったのか
理由は2つに整理できます。
ひとつは検査技術です。制限が始まった当時と比べ、NAT(核酸増幅検査)をはじめとする検査技術の高度化や、血液製剤に係る安全対策の充実が進みました。資料4-1は、献血血液に係る安全対策は導入当時と比べて大きく向上している、としています。
もうひとつは時間です。資料4-1は、当該制限の導入から30年以上が経過していることから、現在の科学的知見及び安全対策を踏まえ、輸血歴を一律に恒久的な献血制限の対象とする現行の取扱いについて、改めて検討する必要があると述べています。
検討は、令和8年度の厚生労働科学研究班「血液製剤の安定供給に資する採血事業体制の構築のための研究」(研究代表者:大隈和・関西医科大学医学部微生物学講座教授)で、諸外国の規制動向や科学的知見の整理として進められています。
諸外国は「期間を区切る国」と「無期限の国」に分かれる
日本赤十字社の資料には、諸外国の献血延期状況が整理されています。ここで重要なのは、国によって理由が違うことです。
資料の表には、国名と献血制限期間が次のように記載されています。
| 国・機関 | 献血制限期間 |
|---|
| アメリカ | 輸血から3か月 |
| オーストラリア | 輸血から4か月 |
| フィンランド | 輸血から4か月 |
| カナダ | 輸血から6か月 |
| シンガポール | 輸血から12か月 |
| WHO | 輸血から1年間は不可 |
| イギリス | 輸血した人は不可 |
| スイス | 輸血した人は不可 |
| フランス | 輸血した人は不可 |
理由の欄を見ると、アメリカには「様々な感染症のリスク」、WHOには「感染症のリスク」と書かれています。一方、イギリスは「vCJDのリスクから献血不可」、スイスは「vCJD感染の可能性があるため1980年以降輸血していたら献血不可」とされています。
期間を設けている国にも、追加の条件があります。シンガポールは輸血から12か月の延期に加えて、1980年から現在まで英国・アイルランド・フランスで輸血した人は不可とされています。フィンランドは輸血から4か月の延期ですが、イギリス・中南米・アフリカで輸血を受けていた場合は献血不可と記載されています。
資料はこの表について、献血延期の理由が感染症のリスクとvCJDのリスクに二分されている、とまとめています。
ただし、この表には注記があります。海外制度については厚生労働科学研究班において精査中であり、この表は現時点で確認できた参考情報であるとされています。他国の制度を確定した事実として引用するのは、現時点では適切ではありません。
日本赤十字社の資料も、様々な感染症とプリオン病(vCJDリスク)は分けて考える必要があるかもしれない、としています。「輸血歴」というひとくくりの条件が、実は性質の違う2つのリスクをまとめて扱ってきた、ということです。
論点として何が挙がっているか
資料4-1が示した論点は4つです。原文の趣旨に沿って並べます。
- 現在の科学的知見と安全対策の状況を踏まえ、輸血歴を一律に恒久的な献血制限の対象とする現行の取扱いについて、見直しの検討を進めることは妥当か
- 見直しにあたり、HBV、HCV、HIV等の既知の感染症と、未知の病原体に起因する受血者への感染症伝播に係る残余リスクを、どのように評価すべきか
- 輸血を受けた国、時期その他の条件に応じて、異なる取扱いを設ける必要があるか
- 輸血歴を有する者からの献血を受け入れる場合、輸血を必要とした背景疾患、輸血後の回復状況、献血者のその他の健康状態をどのように確認すべきか
3番目と4番目に注目してください。仮に見直すとしても、「輸血歴があれば誰でも献血できる」という形にはならない可能性が高いことが、論点の立て方から読み取れます。
受け入れる場合の課題は、検査だけの話ではない
日本赤十字社の資料は、輸血歴のある人の献血を受け入れる場合の課題を、血液の安全面と事業者側の運用面に分けて挙げています。
安全面では、輸血歴がある人の献血を受け入れる場合、輸血の背景にある疾患、つまり既往歴の問診を適切に行って判断しなければならない、としています。輸血を受けたということは、その原因となった病気があったということです。その病気自体が献血に影響する場合があります。
また、輸血歴がある人は献血への関心がより高く、制限が解除された場合に献血に訪れる可能性が高い、という指摘もあります。
運用面の課題はより具体的です。現在の措置は「永久」であるため、該当者をシステム上で解除する必要があります。資料は欧州渡航歴と同様の作業になると書いています。また「○年以内の輸血は献血延期」という形になる場合、明確な輸血日を申告してもらい、延期期間を管理する必要があります。
そして、対象者が多いと推測され、解除できる条件が複雑なことから、健診医への周知と適切な問診の実施についての教育訓練が必須である、と結んでいます。
なお移植歴については、移植に至った理由等に鑑み、引き続き献血延期が望ましいとされています。輸血歴と移植歴が同じ扱いになるとは限りません。
対象者はどのくらいいるのか
資料4-2には推計が載っています。計算の筋道はこうです。
東京都の輸血状況調査によると、10〜69歳の輸血患者数は年間39,556人(令和5年)でした。東京都の10〜69歳人口推計は10,542,000人、全国では86,532,000人です。ここから全国の10〜69歳の輸血患者数は年間324,688人と推計されます。
そして献血率を6.27%とすると、計算上、年間20,358人が輸血歴により献血できない状況にある、という数字になります。資料は、これが英国・欧州渡航歴による制限よりも多くなる可能性があると述べています。
この推計は、東京都の状況を全国に人口比で引き伸ばしたものです。地域差や年齢構成の違いは考慮されていません。献血者が2万人増えると確定した数字ではなく、規模感を掴むための試算として読んでください。
患者さんに聞かれたとき、何を言うか
現場で起こりうるやり取りを想定して整理します。
言ってよいこと
- 現在の日本では、輸血を受けたことがある人は献血の対象外という運用が続いていること
- その運用を見直すかどうかの議論が始まったこと
- 現時点では変更されておらず、決まっていないこと
- 献血できるかどうかは、日本赤十字社の最新の基準と献血会場での問診で決まること
言ってはいけないこと
- 「もう献血できるようになりますよ」という見通しの断定
- 「輸血の感染リスクはもうゼロだから」という説明
- 「あなたの場合は大丈夫」という個別の可否判断
2つ目について補足します。ヘモビジランスの資料では、2025年にもID-NATのウインドウ期に献血された血液によるHBV感染が確認されています。検査の感度を上げても、感染成立からウインドウ期を抜けるまでの間は検出できません。残余リスクという言葉が使われるのは、そのためです。輸血の安全性は大きく向上しましたが、ゼロにはなっていません。輸血を受ける側の実務は、輸血の確認・観察・報告で別に整理しています。
そして最も大切なのは、患者さんが過去の輸血歴を隠さずに問診で申告することです。制限が緩和されるかどうかにかかわらず、この点は変わりません。看護師が「もう献血できる」と断定してしまうと、この申告の重みが伝わらなくなります。
「知らないと答えられない」を減らす
「昔、輸血を受けたから献血できないと言われた」と話す患者さんに、理由まで説明できる看護師は多くありません。制度の背景を知っていると、断られた経験を「なぜだったのか」として受け止め直してもらえます。
こうした説明の引き出しをどう増やすか、日々の業務のなかでどこまで踏み込むかに迷ったら、カンゴさんに匿名で話してみてください。献血の可否判定はカンゴさんでは行いません。判定は日本赤十字社の献血基準と献血会場での問診によります。
まとめ
- 2026年9月2日の安全技術調査会で、輸血歴による献血制限の見直しが論点として示された。資料に結論や運用開始日の記載はなく、現行の制限は変更されていない
- 制限は2段階。1991年10月に輸血後6か月という期間の制限として始まり、1995年6月に未知のウイルス対策として恒久的な制限になった
- 見直しの背景は、NATを含む検査技術の高度化と安全対策の充実、および導入から30年以上が経過したこと
- 諸外国は、感染症リスクを理由に一定期間の延期を設ける国と、vCJDを理由に無期限の制限を続ける国に分かれる。フランスは「輸血した人は不可」、フィンランドは4か月の延期。ただし海外制度は研究班で精査中
- 受け入れる場合の課題は検査だけではなく、背景疾患の問診、システム上の解除、輸血日の申告と管理、健診医への教育訓練まで及ぶ
資料に書かれているのは「見直しの検討を進めることは妥当か」という論点までです。患者さんへの説明では、この線を越えないようにしてください。
よくある質問
輸血を受けたことがある人は、今日から献血できますか?
できません。2026年9月2日の会議で示された資料は論点整理であり、結論や運用開始日は記載されていません。現行の献血制限は変更されていません。献血の可否は日本赤十字社の最新の基準と献血会場での問診で決まります。
いつから献血できるようになりますか?
決まっていません。資料は見直しの検討を進めることの是非を含めて意見を求める段階であり、時期は示されていません。厚生労働省または日本赤十字社が結論や運用開始日を公表するまで、変更はありません。
検査技術が進んだのに、なぜ制限が残っているのですか?
1995年からの制限は、既知のウイルスだけでなく、検査できない未知の病原体による感染を防ぐ目的で導入されたためです。検査は既知の病原体を対象とするので、技術が進歩しても未知の病原体のリスクをゼロにはできません。今回の論点にも、既知の感染症と未知の病原体それぞれの残余リスクをどう評価するかが挙げられています。
臓器移植を受けた人も、同じように見直されますか?
日本赤十字社の資料は、移植歴については移植に至った理由等に鑑み、引き続き献血延期が望ましいとしています。輸血歴と移植歴が同じ扱いになるとは限りません。
見直されたら、献血者はどのくらい増えますか?
資料4-2の試算では、東京都の輸血状況調査をもとに全国の10〜69歳の輸血患者数を年間324,688人と推計し、献血率6.27%として年間20,358人が輸血歴により献血できない状況にあるとしています。ただしこれは人口比で引き伸ばした試算であり、実際に増える献血者数を示したものではありません。
この記事の確認範囲
- 記載内容は2026年9月2日開催の安全技術調査会の資料4-1および資料4-2に基づきます。会議後に厚生労働省または日本赤十字社が結論・運用開始日を公表した場合、内容は変わります
- 諸外国の延期期間は資料4-2の記載に基づきますが、同資料は海外制度が厚生労働科学研究班において精査中であり、参考情報であると注記しています
- 献血者数の推計は資料4-2の試算であり、確定した増加見込みではありません
- 個別の献血の可否は、日本赤十字社の最新の献血基準と献血会場での問診によります。この記事は判定の材料にはなりません
参考資料
はたらく看護師さん 求人
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