外来で「飲んでいるお薬はありますか」と尋ね、「あります」と返ってくる。そこまでは毎日できています。確かめたいのはその先で、薬剤名まで下ろせたか、休薬の指示が出たか、患者さんに伝わったかを、別々に確認できているかどうかです。
公益財団法人日本医療機能評価機構は、医療事故情報収集等事業の「医療安全情報 No.238」(2026年9月)で「手術前後の患者に禁忌の糖尿病治療薬の休薬漏れ」を取り上げました。2020年1月1日〜2026年7月31日に11件の事例が報告されており、第83回報告書「再発・類似事例の分析」をもとに作成されたものです。
この記事は、外来・入退院支援・病棟の看護師さんが術前の薬確認を段階に分けて進めるためのものです。どの薬をいつ止め、いつ再開するかという臨床判断は扱いません。中止と再開は医師と薬剤師が決める領域だからです。扱うのは確認と引き継ぎの順序だけです。
No.238の2事例は、薬剤名の手前で確認が止まっていました
資料に載っている2例は、どちらも入院時に気づかれ、手術が延期になっています。
事例1は、バイアスピリン錠とスーグラ錠を内服している患者さんの鼠径ヘルニア手術です。外来担当医師はバイアスピリン錠の休薬指示を出しましたが、スーグラ錠が手術前後の患者に禁忌であることを知らず、休薬指示を出しませんでした。入院時に病棟薬剤師が内服に気づき、医師へ報告して延期となりました。
事例2は尿管結石破砕術です。外来看護師は内服している薬剤があることを患者さんから聞き取りましたが、薬剤名を確認し忘れました。外来担当医師は紹介状に内服薬の記載がなかったため、患者さんに確認しませんでした。入院時に病棟看護師がメトホルミン塩酸塩錠に気づき、医師へ報告して延期となっています。
読み取れるのは、事例2では聞き取り自体は行われていたという点です。抜けたのは「聞くこと」ではなく、「薬剤名まで下ろすこと」と「その結果を次の人へ渡すこと」でした。事例1も、休薬指示は出ていたのに、対象が一剤に限られていました。どちらも、確認の入り口ではなく途中の段で止まっています。
資料が挙げる医療機関の取り組みも、個人の注意力ではなく仕組みの話です。「糖尿病治療薬には手術前後の患者に禁忌の薬剤があることを周知する」「術前の外来で、患者に処方されている薬剤を把握する体制を整える」の二つが示されています。
「お薬はありますか」で終わると、糖尿病薬が残りやすい理由
理由は四つあります。毎日続けている薬ほど生活に溶けていて、患者さん自身が手術に関係する薬だと思っていないこと。抗血栓薬が休薬の話題になりやすく、そこで確認が済んだ感覚になること(事例1がこの形です)。他院や他科の処方が紹介状に載らない場合があること。販売名と成分名が併存し、どちらで聞かれたかで答えが変わることです。
No.238に載っている、報告された薬剤は次のとおりです。
| 薬剤の種類 | 報告された糖尿病治療薬の販売名 |
|---|
| 選択的SGLT2阻害薬 | カナグル錠、スーグラ錠、フォシーガ錠、ジャディアンス錠、デベルザ錠 |
| ビグアナイド(BG)薬 | メトグルコ錠、メトホルミン塩酸塩錠 |
| 配合剤(選択的DPP-4阻害薬・ビグアナイド薬) | エクメット配合錠 |
資料には「上記以外にも、手術前後の患者に禁忌の糖尿病治療薬があります」と注記があり、販売名は規格と屋号を除いて記載されています。この表は報告された販売名の一覧であって、禁忌薬の全リストではありません。ここに載っていない名前だから大丈夫、という読み方はしないでください。
術前の確認は5段階に分け、完了の印を別々につける
一つのチェックボックスに「持参薬確認済み」とまとめると、事例2と同じところで止まります。段階ごとに欄を分け、埋まっていない欄が見えるようにします。
| # | 段階 | 確認すること | 完了の印を残す場所 | 次に渡す相手 |
|---|
| 1 | 内服の有無を聞く | 他院・他科の処方、市販薬、サプリメントを含めて服用中の薬があるか | 外来記録の問診欄 | ここで止めず2へ進む |
| 2 | 薬剤名まで下ろす | お薬手帳、薬袋、処方箋の控え、マイナポータルで販売名と成分名を確認。「血糖の薬」という言い方で終えない | 薬剤名の一覧として記録 | 外来担当医師、薬剤部 |
| 3 | 休薬指示の有無を確認 | 指示が出た薬と、出ていない薬を並べて見る。抗血栓薬の指示があることで確認を終えない | 指示簿・術前指示欄 | 指示のない薬があれば医師へ照会 |
| 4 | 最終内服を確かめる | 最後に飲んだ日時、自己判断で中断していないか、指示どおりに止められているか | 術前チェック欄 | 病棟、麻酔科、手術室 |
| 5 | 患者・家族へ説明する | 止める薬、続ける薬、再開は指示があるまで待つこと、迷ったときの連絡先 | 説明記録(説明者名と日時) | 入院時に病棟へ引き継ぐ |
段階2と3は特に分けてください。「聞いた」と「薬剤名を確認した」を同じ欄で管理すると、どちらで止まったのかが後から分かりません。
外来・入退院支援・病棟・薬剤部で切れやすい場所
- 紹介状に内服薬の記載がないとき、患者さんへ直接確認する担当が決まっていない
- 外来で聞き取った内容と、入院時の持参薬確認の様式が違い、そのまま引き継がれない
- 「休薬指示が出た薬」は記録に残るが、「指示が出ていない薬」は一覧にならない
- 外来受診から入院までの間に他院で処方が追加されても、更新を確認する場面がない
- 夜間・休日入院や緊急入院では、薬剤師による確認が翌営業日になることがある
自施設で確かめるのは「誰が」「いつまでに」「どこに記録するか」の三つです。決まっていない項目が一つでもあれば、それが次に止まる場所になります。
抜けに気づいたときの報告と記録
気づいた時点で、すぐ医師へ伝えます。伝え方は「○○錠(成分名○○)を内服中で、休薬指示を確認できていません」のように、薬剤名と指示の有無をひと組にします。どちらか一方だけでは、受け取った側がもう一度調べ直すことになります。
手術が延期になっても、気づいて報告した行為は正しいものです。No.238の2事例は、いずれも入院時に気づかれて延期になり、その結果として禁忌の薬を内服したまま手術に至ることを避けられています。
記録には事実だけを残します。誰がいつ何を確認したか、誰に報告したか、どんな指示を受けたか。推測や反省文は不要です。報告の仕組みは個人の責任を問うためのものではありません。No.238自身も「医療従事者の裁量を制限したり、医療従事者に義務や責任を課す目的で作成されたものではありません」と明記しています。
9月17日は、糖尿病が今年のテーマに入っています
WHOは9月17日を世界患者安全の日としています。2026年は非感染性疾患の安全なケアが主題で、心血管疾患、がん、慢性呼吸器疾患とならんで糖尿病が挙げられ、スローガンは「Safe care for life!」です。
No.238のPDFにも「WHO 世界患者安全の日(9月17日)にちなみ、今月はテーマカラーのオレンジ色にしました」という一文があります。今年の国際的な主題と、今月の医療安全情報が取り上げた薬剤が、同じところを向いているということです。
今日できることは大きな取り組みでなくてかまいません。術前の患者さんを一人選び、記録の段階2と段階3の欄が埋まっているかを見る。埋まっていなければ照会する。この一往復が、事例2で抜けた部分そのものです。報告しにくさや役割の重なりが気になるときは、カンゴさんで聞き方を整理できます。患者さんの氏名や症例の内容は入力せず、職場の進め方についてだけ相談してください。
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この記事の確認範囲
- 確認日:2026年9月17日
- 確認主体:はたらく看護師さん編集部
- 確認できたもの:医療安全情報 No.238のPDF本文(2026年9月号)、WHO世界患者安全の日2026の公式ページ
- 未確認:医療安全情報一覧ページから提供日の確定表示を取得できなかったため、本稿は「2026年9月号」を基準にしています
- 医療監修:医師・薬剤師による個別監修は実施していません
本稿は公表資料の内容の紹介と、確認・引き継ぎの順序の整理に限定しています。個別患者の休薬、再開、投与の判断には使用せず、最新の電子添文、医師・薬剤師、自施設の手順を優先してください。
参考資料
はたらく看護師さん 求人
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