結論:「渡航あり」で止まる問診は、初動に使えない
問診票に「最近、海外へ行きましたか」という欄はたいてい存在します。しかし、そこにチェックが入っただけでは、医師や感染管理担当者が判断する材料として十分ではありません。どの国・地域に、いつ行き、いつ帰り、いつ発症し、現地でどのような曝露があったのか。これらを現在の症状と一緒に共有することが、待機場所や診察順、感染対策を施設の手順に沿って判断する材料になります。
国立健康危機管理研究機構(JIHS)は2026年9月2日、「日本の輸入感染症例の動向について」を更新しました。日本で診断され、医師が日本国外で感染したと報告した症例を、15の疾患について整理した資料です。
この記事は15疾患を網羅解説するものではありません。外来・救急・夜間受付で最初に患者さんと話す看護職が、渡航歴をどう聞き、誰に、何を渡すかを組み立てるための記事です。診断も、検査も、届出も、隔離の判断も医師と感染管理部門と保健所が行います。看護師の仕事は、その判断に必要な情報を、早い段階で、抜けなく拾うことです。
この記事でわかること
- 2026年9月2日更新の集計で、輸入例がどの疾患で増え、どの疾患で減っているか
- 麻疹の推定感染地が、この1年で入れ替わっていること
- 症状の入口別に、渡航歴のどこを深掘りするか
- 「渡航歴あり」を医師・感染管理へ渡すときに揃えておく項目
- 国別の報告数を、渡航先の危険度ランキングとして読んではいけない理由
判断材料になる一次情報
この資料での「輸入感染症例」とは、日本で診断され、医師により日本国外で感染したと報告された症例を指します。年別の報告数は2021年から2025年まで、月別は2025年4月から2026年3月までを集計しています。数値はすべて2026年6月30日時点の暫定値であり、今後更新される可能性があります。
この資料は「いま流行しているもの」を示すデータではありません。集計の締めは2026年3月です。今日の外来で見ている患者さんの背景を推測する材料であって、現在の流行状況そのものではありません。
15疾患の集計:増えているものと、減っているもの
対象となっているのは、アメーバ赤痢、E型肝炎、A型肝炎、クリプトスポリジウム症、細菌性赤痢、ジアルジア症、ジカウイルス感染症、チクングニア熱、腸チフス、デング熱、パラチフス、風疹、麻疹、マラリア、レプトスピラ症の15疾患です。このうちデング熱は別ページで定期的に更新されています。
年別の報告数を並べると、疾患ごとに向きが違うことが分かります。
| 疾患 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | 2024年 | 2025年 | 直近12か月 |
|---|
| 麻疹 | 1 | 2 | 6 | 26 | 90 | 88 |
| A型肝炎 | 0 | 11 | 20 | 37 | 34 | 44 |
| アメーバ赤痢 | 48 | 33 | 39 | 54 | 38 | 42 |
| 腸チフス | 3 | 12 | 33 | 38 | 28 | 28 |
| 細菌性赤痢 | 2 | 3 | 31 | 43 | 26 | 28 |
| マラリア | 29 | 32 | 36 | 44 | 22 | 25 |
| E型肝炎 | 3 | 6 | 13 | 16 | 21 | 21 |
| チクングニア熱 | 0 | 5 | 7 | 10 | 21 | 17 |
| ジアルジア症 | 4 | 8 | 16 | 11 | 12 | 13 |
| パラチフス | 0 | 8 | 7 | 7 | 7 | 11 |
| レプトスピラ症 | 0 | 0 | 3 | 4 | 4 | 5 |
| クリプトスポリジウム症 | 0 | 1 | 3 | 2 | 5 | 4 |
| ジカウイルス感染症 | 0 | 0 | 2 | 4 | 1 | 1 |
| 風疹 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 |
(直近12か月は2025年4月〜2026年3月)
目を引くのは麻疹です。2024年の26例から2025年は90例へと、3倍以上になっています。一方でマラリアは2021年から2024年まで29、32、36、44と増え続けていたのに、2025年は22とほぼ半減しました。チクングニア熱は2022年の5例から2025年の21例へ増えています。
すべての輸入感染症が一様に増えているわけではありません。この差は、渡航先の流行状況、渡航者数、季節性など複数の要因が絡んだ結果です。ひとつの疾患の動きから全体を語らないことが、この表の正しい使い方です。
麻疹の推定感染地は、この1年で入れ替わっている
麻疹をもう少し詳しく見ます。2025年の輸入麻疹90例のうち、推定感染地がベトナムだった報告は61例で、7割近くを占めました。
直近12か月(2025年4月〜2026年3月)の88例を月別に見ると、内訳が変わります。ベトナムは2025年4月11例、5月13例と続いたあと、6月0例、7月4例、8月0例、9月1例、10月1例、11月2例、12月2例、2026年1月0例、2月0例、3月1例です。
一方、この12か月で報告が最も多かったのは2026年3月の18例で、その内訳はニュージーランド7例、感染地域不明4例、インド3例、インドネシア2例、ベトナム1例、2か国以上訪問1例でした。
報告数の内訳は、年をまたぐと入れ替わります。ただし、この数字から「ベトナムは警戒しなくてよい」「ニュージーランドを警戒すべき」という結論は導けません。後述するとおり、国別の報告数には渡航者数が反映されており、渡航先ごとの危険度を表すものではないためです。
ここから引き出せる実務上の教訓は、疾患名と国名をセットで覚えないことです。「麻疹といえばこの国」と記憶しても、集計が更新されれば内訳は変わります。覚えるべきは組み合わせではなく、渡航国を必ず聞き取って記録し、最新の情報と突き合わせる、という手順の方です。
麻疹を疑ったときの外来動線や隔離の具体的な進め方は、麻しん増加で外来が確認したいことで扱っています。本記事では触れません。
症状の入口別に、どこを深掘りするか
15疾患を疾患名で覚えるのは現実的ではありません。外来や救急で先に手に入るのは症状です。症状の入口から、医師や感染管理部門へ一緒に渡したい曝露情報を整理します。
以下は、JIHSの15疾患それぞれの公式ページにある「感染経路」と「臨床像」を照合してまとめたものです。症状が重なる疾患は多く、表にない症状や曝露もあります。この表で疾患を絞り込んだり、否定したりしないでください。 問診項目は自施設の様式を優先し、診断と感染対策の決定は医師・感染管理部門が行います。
15疾患のうちデング熱を含む蚊媒介感染症は、発熱、発疹、関節痛などが重なります。下痢を起こす疾患も、汚染された飲食物だけでなく、水系感染、動物との接触、糞口感染など経路が一つではありません。症状だけで疾患名を決めず、渡航時期と曝露をそのまま共有する理由はここにあります。
問診では、答えにくい内容を人前で尋ねない配慮も必要です。とくに性的接触や妊娠に関する情報は、疾患の感染経路や診療上の必要性を確認し、プライバシーを確保したうえで扱います。
この表の役割は「疾患を当てること」ではなく、医師が公式の潜伏期間や感染経路と照合できる形で、渡航歴を渡すことです。問診で分からなかった項目は、推測で埋めず「不明」として共有します。
流行地からの帰国者の発熱では、渡航国と帰国からの日数を早い段階で医師に伝えることに意味があります。どの疾患をどの程度急いで疑うかの判断は医師が行います。各疾患の潜伏期間、症状、重症化のリスク、感染対策は、JIHSや厚生労働省、FORTHの各疾患ページで確認してください。
「渡航歴あり」を渡すときに揃える項目
受付や電話で渡航歴を拾ったあと、医師や感染管理部門に渡す情報を定型化しておくと、伝達の抜けが減ります。以下は自施設のフローに組み込む際のたたき台です。
- 渡航国・地域(都市名まで分かれば記録する。複数国を回った場合は全部)
- 渡航期間(出国日と帰国日。帰国からの日数が潜伏期間の判断材料になる)
- 発症日(症状が出た日。帰国前か帰国後かも記録する)
- 現地での曝露(飲料水・食品、蚊、動物、淡水・洪水・土壌。性的接触は診療上必要な場合にプライバシーを確保して確認)
- 予防(渡航前のワクチン接種歴、マラリア予防薬の内服の有無と種類)
- 現在の症状と経過(発熱の推移、発疹の有無と分布、消化器症状、呼吸器症状)
これを聞き終える前に一般待合へ案内してよいかは、症状と自施設の感染対策手順によります。発熱と発疹があるだけで麻しんとは決められませんが、JIHSは麻しんについて、空気感染し、症状出現前から感染力があり、感染力が非常に強いと説明しています。渡航歴を伴う発熱・発疹を受けたときに、一般待合へ案内する前に誰へ連絡し、どこで待ってもらうかを事前に決めておく必要があります。その場で看護師が単独で診断・隔離判断を担う設計にはしません。
夜間や電話相談で受けた場合に、誰へどう連絡するかも同じです。当直医に直接か、感染管理の当番か、翌朝の申し送りか。この経路が曖昧なまま「渡航歴を聞く」だけを徹底しても、情報は止まります。
国別の報告数を、渡航先の危険度として読まない
この集計を扱ううえで、資料自身が注意していることがあります。国別の報告数は、その国の流行状況だけでなく、日本からその国への渡航者数にも影響されるという点です。資料は、渡航国別の人数などを分母として考慮するよう促しています。
渡航者が多い国は、感染リスクが同じでも報告数が多くなります。逆に、渡航者がごく少ない国で数例出れば、その国のリスクは相対的に高いかもしれませんが、報告数の順位には表れません。
したがって、この表を「危ない国ランキング」として患者さんに示すのは誤りです。看護師が患者説明で使うなら、「この国は危険です」ではなく、「渡航先と時期を医師に伝えてください」という形になります。
見るべき要素は、報告数、渡航者数、現地の流行状況、疾患ごとの潜伏期間の4つです。これらを分けて考える癖をつけると、数字に振り回されずに済みます。
国内の週次の流行状況をどう読むかは、感染症週報の読み方で別に整理しています。今回の輸入例の集計とは、データの性質も更新頻度も違います。
職場で決めておきたいこと
問診の質は、個人の熱心さではなく仕組みで決まります。自分の職場について、次を確認してみてください。
- 問診票の渡航歴欄が、チェックボックスだけでなく国名と期間を書ける形になっているか
- 「渡航歴あり」を誰に、どのタイミングで共有するかが決まっているか
- 発熱+発疹の帰国者を一般待合に入れないための動線が、夜間・休日も含めて機能するか
- 電話相談で渡航歴を聞いたとき、来院前に伝えるべき内容が定まっているか
- 職員自身の麻疹・風疹などの抗体価やワクチン歴が把握されているか
これらが決まっていない職場では、渡航歴を聞き取った看護師個人が判断を背負うことになります。それは持続しません。
気になったことを、言葉にしてみる
「渡航歴を聞いても、そのあと誰に言えばいいのか分からない」「聞きすぎだと言われそうで、途中でやめてしまう」。こうした引っかかりは、忙しい現場では流されがちです。
カンゴさんには匿名で話せます。それが自分の知識の問題なのか、職場のフローが決まっていない問題なのかを整理するところから始めてみてください。臨床判断や感染対策の決定は、医師と感染管理部門、自施設の手順を最優先にしてください。
まとめ
- JIHSが2026年9月2日に更新した集計は、2026年6月30日時点の暫定値。年別は2021〜2025年、月別は2025年4月〜2026年3月
- 麻疹は2024年26例から2025年90例へ増加。一方でマラリアは2024年44例から2025年22例へ減少しており、疾患ごとに向きが違う
- 2025年の輸入麻疹90例の推定感染地はベトナムが61例。直近12か月で報告が最も多かった2026年3月の18例はニュージーランド7例、インド3例などで、ベトナムは1例。ただしこの内訳から渡航先ごとの危険度は読めない
- 問診では渡航国・期間・発症日・曝露・予防・現在の症状と経過を揃えて、医師と感染管理部門へ渡す
- 国別の報告数は渡航者数の影響を受けるため、渡航先の危険度ランキングとして扱わない
疾患名と国名の組み合わせは、集計が更新されれば入れ替わります。覚えるべきは組み合わせではなく、渡航歴を必ず聞いて記録し、最新の情報と突き合わせる手順の方です。
よくある質問
この集計を見れば、いま流行している輸入感染症が分かりますか?
分かりません。この資料は2026年6月30日時点の暫定値で、年別は2025年まで、月別は2026年3月までの集計です。現在の流行状況を示すものではありません。今日の患者さんの背景を考える材料として使い、現在の状況は自治体や感染症情報の最新版で確認してください。
患者さんに「その国は危ないですか」と聞かれたら、どう答えればよいですか?
この集計の国別報告数は、現地の流行だけでなく日本からの渡航者数にも影響されるため、危険度の順位としては読めません。看護師としては、渡航先と時期を医師に伝えてもらうよう案内するのが適切です。渡航前の相談であれば、渡航医学の外来や公的な渡航情報を案内してください。
渡航歴を聞くとき、どこまで踏み込んでよいか迷います。
診断のために必要な情報だという前置きをしたうえで、渡航国、期間、発症日、現地での飲食や蚊・動物・淡水への曝露、ワクチンや予防薬を聞きます。答えたくない様子があれば無理に聞き出さず、そのことも含めて医師に伝えてください。何をどこまで聞くかの基準は、施設の感染対策手順として決めておくべき事柄です。
発熱がある帰国者を、一般待合で待たせてよいですか?
発熱だけで待機場所を一律に決めることはできません。症状、渡航歴、接触歴を共有し、自施設の感染対策手順に従ってください。とくに発疹や上気道症状を伴う場合は、空気感染する麻しんなども含めて医師・感染管理部門が判断できるよう、一般待合へ案内する前の連絡経路を決めておくことが重要です。
15疾患の症状や潜伏期間は、この資料に載っていますか?
載っていません。この資料は報告数の集計です。疾患ごとの症状、潜伏期間、感染対策は、JIHS、厚生労働省、FORTHなどの各疾患の公式情報で確認してください。
この記事の確認範囲
- 数値はすべてJIHS「日本の輸入感染症例の動向について」2026年9月2日更新版に基づき、2026年6月30日時点の暫定値です
- 「輸入感染症例」は、日本で診断され医師により日本国外で感染したと報告された症例を指します
- デング熱は本資料の対象疾患ですが、別ページで定期更新されるため、本記事の表には含めていません
- 疾患ごとの症状、潜伏期間、感染経路は、JIHSの15疾患それぞれの公式ページで追加照合しました。本記事の表は問診情報の共有を目的とし、鑑別診断や疾患除外には使用できません
- 渡航歴のみで疾患を判断することはできません。診断、検査、届出、隔離の判断は医師、感染管理部門、保健所と自施設の手順に従ってください
参考資料
はたらく看護師さん 求人
希望条件で看護師求人を探す
給与、夜勤、休み、ブランクなど、この記事で整理した悩みから求人を確認できます。
求人を探す応募前に掲載元の最新情報を確認してください