インスリンポンプを使っている患者さんの血糖が急に上がったとき、まず何を疑うでしょうか。食事、シックデイ、注入部位のトラブル。もうひとつ、暑い時期だけ加わる経路があります。
2026年7月14日付で、インスリン アスパルト(遺伝子組換え)の使用上の注意が改訂されました。製品でいえばフィアスプ注100単位/mL、販売元はノボ ノルディスク ファーマ株式会社、2020年2月の発売です。効能・効果はインスリン療法が適応となる糖尿病とされています。
新設された注意の中身
書き足されたのは「8. 重要な基本的注意」で、原文はこうなっています。
本剤は37℃を超える高温でゲル化するおそれがある。ポータブルインスリン用輸液ポンプを用いる場合、高温下ではゲル化によりインスリンポンプの内部に閉塞が生じ、本剤が適切に投与されないことによる重篤な高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス等が発現することがあるため、以下の点に注意するよう患者に指導すること。
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・37℃を超える高温環境下を避けて使用すること。
・インスリンポンプの内部を確認し、注射液の外観に変化がみられた場合は使用しないこと。
改訂の理由も明記されています。高温下でポータブルインスリン用輸液ポンプを用いて本剤を投与したところ、ゲル化によりポンプ内部に閉塞が生じ、適切に投与されなかったことが原因と考えられる重篤な高血糖および糖尿病性ケトアシドーシスが報告されたため、とされています。
想定の話ではありません。実際に起きた事象を受けた改訂です。
この現象は以前から注意喚起されています
「2026年に新しく判明した事故」と説明すると不正確になります。この問題には経緯があります。
PMDAが2023年2月に公表した「フィアスプ注 インスリンポンプでの適正使用のお願い(続報)」によれば、国内でフィアスプ注使用時にインスリンポンプにセットされた注射液のゲル化がみられ、重篤な高血糖に至った事例が1例報告されたことを受けて、2022年3月に注意喚起が行われました。その後、同年12月31日までに、バイアル製剤の注射液にゲル化がみられた事例が2例報告されています(いずれも高血糖の発現あり、非重篤)。
そして2026年6月、さらに続報が出ています。 2023年1月1日から2026年5月31日までに、フィアスプ注バイアル製剤の注射液のゲル化による影響が疑われる副作用事例が国内で7例報告されました。内訳は糖尿病ケトアシドーシス(重篤)2例、高血糖(重篤)1例、高血糖(非重篤)4例です。この続報では、避けるべき場面の例に「高温環境である作業場での利用を避ける」が加えられています。
事例が積み上がり続けている、というのがこの3年間の経過です。
原因究明のために行われた物理的安定性試験では、40℃・50℃という高温の条件下で両製剤とも同等にゲル化する傾向があり、高温がゲル化の主な要因で、機械的攪拌の増加によりゲル化が促進されることが確認されました。そのうえで、インスリンポンプでの使用時に温度の上昇が加わり、機械的振動に相当するストレスが加わった場合にゲル化が生じる可能性が考えられた、とされています。
ここは正確に押さえてください。主な要因は高温であり、振動はそれを促進する要素です。2026年6月の注意喚起も「注射薬のゲル化の主な要因は高温であり」と明記しています。「振動がなければ大丈夫」という読み方はできません。ポンプを装着したまま炎天下を歩く場面はもちろん、車内に置く、熱源のそばに置く、高温の作業場で使うといった場面も避ける対象です。
患者指導で伝える5点
2023年の適正使用のお願いは、ポンプで使用する場合の注意として5項目を挙げています。今回の改訂と合わせて、指導の骨格になります。項目を削って伝えないでください。
- 37℃を超える高温を避ける。 具体例として、ポンプを暖房器具やカイロ等の熱源に近づけないことが挙げられています。2026年6月の続報では、高温環境である作業場での利用を避けることも例に加わりました。
- リザーバーに充填したインスリンは6日以内、またはポンプの取扱説明書に従い、いずれか短い方の期間で交換する。 資料では、リザーバーに充填されたフィアスプ注は6日以内であれば安定であることが確認されているとされています。
- ポンプの動作状況と、患者自身の血糖コントロール状況を確認する。
- 注射液中に変化(付着物、浮遊物など)がみられた場合は、ポンプの部品(リザーバーまたはチューブ)を交換し、それまで使用していたフィアスプ注バイアル製剤は使用せず、新しいフィアスプ注バイアル製剤に変更する。 あわせて、適切に動作しない場合に備えて、ペン型インスリン注入器製剤等の他のインスリン注射手段を携帯するよう指導するとされています。部品を替えるだけで同じバイアルを使い続けない、という点と、代替手段を持たせる点が要です。
- フィアスプ注ペンフィルおよびフィアスプ注フレックスタッチは、インスリンポンプでは使用できない。 患者に対して、ペンフィルおよびフレックスタッチに充填された注射液をシリンジで抜き取らないよう指導するとされています。
今回の改訂で電子添文に入ったのは、37℃超の高温を避けることと、内部を確認して外観に変化があれば使用しないことです。ここは「お願い」ではなく添付文書上の注意になりました。
公式資料が示す確認範囲
PMDA資料が示しているのは、高温を避けること、ポンプ内部と薬液の外観を確認すること、交換期間、異常時に同じバイアルを再使用しないこと、代替の注射手段を携帯すること、ポンプに使用できない剤形です。
血糖上昇の原因、ケトン測定、投与量やポンプ設定、異常時の具体的な処置は本稿では判断しません。最新電子添文、製品の取扱説明書、主治医の指示に従ってください。
確認する項目
- 製品名と剤形。 フィアスプ注100単位/mLかを確認します。
- 交換期間。 リザーバーへの充填から6日以内、またはポンプの取扱説明書が示す期間のうち、短い方になっているかを確認します。
- 高温と薬液の外観。 37℃を超える環境を避け、付着物や浮遊物などの変化がないかを確認します。
- 異常時の交換と代替手段。 同じバイアルを再使用しないこと、代替のインスリン注射手段を携帯することが説明されているかを確認します。
- 使用できない剤形。 ペンフィル、フレックスタッチをポンプに使用せず、薬液をシリンジで抜き取らないことが説明されているかを確認します。
「暑いので気をつけて」で終わらせない
夏の患者指導は、どうしても一般的な熱中症の話に流れます。水分を摂って、涼しいところにいて、無理をしないで。それ自体は正しいのですが、ポンプを使っている患者さんにはその人にしか当てはまらない確認事項があります。
外来で渡す説明が口頭だけで終わっていないか。指示書に、高温時の対応と連絡先が書かれているか。チームの中で、この改訂を知っている人と知らない人が分かれていないか。
こうした確認が個人の記憶に依存している職場ほど、猛暑が続くほどリスクが積み上がります。気づいた人が黙って背負う構図になりやすい領域でもあります。抱え込む前に、インシデントの不安を匿名で相談する窓口で何が抜けているのかを吐き出してみてください。
よくある質問
Q. すべてのインスリン製剤で起こりますか。 今回名指しされたのはインスリン アスパルト、製品でいえばフィアスプ注100単位/mLです。ほかのインスリン製剤が同じ条件で問題になるとは限らないので、製品ごとに電子添文をあたる必要があります。
Q. 気温が37℃になったらゲル化しますか。 注意の対象は製剤が37℃を超える高温にさらされる場合です。外気温、体温、機器内部の温度は同じではありません。気温がそのまま製剤の温度になるわけではない点に注意してください。
Q. 揺れなければ高温でも大丈夫ですか。 そうは言えません。物理的安定性試験では高温がゲル化の主な要因で、機械的攪拌の増加がゲル化を促進すると確認されています。2026年6月の注意喚起も「ゲル化の主な要因は高温」としています。振動の有無を安全の根拠にしないでください。
Q. ゲル化していたらどうすればいいですか。 2023年の適正使用のお願いでは、注射液中に変化がみられた場合はポンプの部品(リザーバーまたはチューブ)を交換し、それまで使用していたバイアル製剤は使用せず新しいバイアル製剤に変更するとされています。あわせて、適切に動作しない場合に備えて他のインスリン注射手段を携帯するよう指導することも求められています。今回の改訂では、外観に変化がみられた場合は使用しないよう患者に指導することが加わりました。実際の対応は主治医の指示と製品の取扱説明書に従ってください。
Q. ペン型のフィアスプをポンプに使えますか。 使えません。フィアスプ注ペンフィルおよびフィアスプ注フレックスタッチはインスリンポンプでは使用できないとされています。充填された注射液をシリンジで抜き取らないよう指導することも明記されています。
Q. 冬は関係ありませんか。 2023年の資料は、暖房器具やカイロ等の熱源に近づけないことを例として挙げています。季節を問わず、熱源に近づく場面が問題になります。
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この記事の確認範囲
- 確認日:2026年8月27日
- 確認主体:はたらく看護師さん編集部
- 医療監修:医師・薬剤師による個別監修は実施していません
本稿はPMDAの改訂文と適正使用資料に記載された注意事項の紹介に限定しています。個別患者の投与量、ポンプ設定、検査、異常時対応には使用せず、最新電子添文、取扱説明書、主治医、自施設の手順を優先してください。
参考資料
並べたのは改訂文と過去の注意喚起です。単位数をどうするか、ポンプをどう設定するか、詰まったときに何をするかまでは書いていません。そこは主治医の指示と製品の取扱説明書、そして最新の電子添文が受け持ちます。
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