血便の患者を前にしたとき、「感染性胃腸炎かもしれない」「痔かもしれない」と原因を絞る前に、看護師がつなげられる情報があります。便の変化が始まった日、腹痛の強さと間隔、水分摂取、最終排尿、顔色、むくみ、反応の変化です。
国立健康危機管理研究機構(JIHS)が公表した感染症発生動向調査週報2026年第36週(8月31日〜9月6日)では、腸管出血性大腸菌感染症が137例報告されました。内訳として有症者92例、そのうち溶血性尿毒症症候群(HUS)が1例と記載されています。年初からの累積は2,910例、有症者1,742例、そのうちHUS 49例、死亡2例です。
これらは週報の届出数であり、目の前の患者の発症確率や重症化率を示す数字ではありません。この記事では、数字の大きさをあおるのではなく、血便・強い腹痛から、乏尿、顔色不良、浮腫、意識の変化などへ注意を移すときに、何を誰へ伝えるかを整理します。
第36週137例を読むときの4つの区別
週報を院内共有へ使うなら、まず「何の数字か」をそろえます。
| 表示 | 第36週の公表値 | 誤解しやすい点 |
|---|
| 届出 | 137例 | その週に発症した患者だけとは限らない |
| 有症者 | 92例 | 無症状病原体保有者も届出に含まれ得る |
| HUS | 有症者のうち1例 | 137例の全員を同じ期間追跡した結果ではない |
| 年累積 | 2,910例 | 1月から第36週までの届出で、今週の発生数ではない |
感染地域は国内96例、国内外にまたがる記載2例、韓国7例、タイ1例、国内・国外不明31例でした。国内の地域は多数の都道府県に分かれています。ただし、この分布だけで特定の食品、店舗、施設を感染源と判断することはできません。
また、週報の「HUS 1例」を137で割った値も、累積の「HUS 49例」を2,910で割った値も、この記事では重症化率として示しません。届出時点、症状の有無、追跡期間がそろっていないからです。患者説明で数字を使う場合は、対象と定義がそろった公式資料を選びます。
腸管出血性大腸菌感染症とHUSを別々に見ない
JIHSの疾患解説では、腸管出血性大腸菌感染症は、通常3〜5日程度の潜伏期間の後、激しい腹痛と水様便に続いて血便が現れ、HUSや脳症などの重篤な合併症を伴うことがあるとされています。
厚生労働省のQ&Aは、HUSを、破砕状赤血球を伴う貧血、血小板減少、腎機能障害を特徴とする病態と説明し、初期に顔色不良、乏尿、浮腫、意識障害などがみられるとしています。看護師がこの3徴を確定するわけではありませんが、検査値がそろう前に現れる生活上の変化を観察し、診療へつなぐことはできます。
大切なのは、下痢が軽くなったように見えた後も、全身状態の確認を終わりにしないことです。厚生労働省Q&Aでは、重症合併症は下痢などの初発症状から数日〜2週間以内、多くは5〜7日後に発症すると説明されています。便の回数だけで回復と判断せず、発症日からの経過と、尿・顔色・むくみ・意識・活気を一緒に見ます。
外来問診では「食べた物」だけに偏らない
食歴は重要ですが、問診が食事の聞き取りだけで終わると、現在の重症度や二次感染の手掛かりが抜けます。次の6群を分けると、診察担当へ渡しやすくなります。
| 問診の群 | 確認する内容 | 申し送りで残す単位 |
|---|
| 症状の始まり | 水様便、腹痛、血便、発熱、嘔吐が始まった日と順番 | 日付・時刻 |
| 現在の便 | 回数、量の変化、肉眼的な血液、最後の排便 | 本人・家族の表現と看護師の確認を分ける |
| 全身状態 | 水分摂取、最終排尿、尿量の変化、顔色、むくみ、反応 | 普段との差 |
| 共通曝露 | 同じ物を食べた人、同居者、施設利用者の症状 | 氏名を不要に広く共有しない |
| 接触機会 | 排泄介助、おむつ交換、トイレ共用、手洗い環境 | 誰がどの場面で対応したか |
| 背景 | 年齢、基礎疾患、内服、妊娠、通園・通学・就業内容 | 診療と行政対応に必要な範囲 |
「生肉を食べていないから違う」とは言えません。感染は、汚染された飲食物の摂取だけでなく、患者の便に含まれる菌が直接または間接的に口へ入ることでも起こります。動物との接触が手掛かりになることもあります。特定の原因を決めつけず、食品、同居者、施設、動物、旅行などを時系列で聞きます。
一方、診察を遅らせてまで詳細な食歴を完成させる必要はありません。血便、強い腹痛、脱水や循環の変化、乏尿、意識の変化があれば、現在の異常を先に報告します。
血便を伝えるときは「ある・ない」に加えて経過を示す
血便は重要な注意信号ですが、原因は腸管出血性大腸菌感染症だけではありません。厚生労働省Q&Aも、他の感染症、腸重積、大腸がん、痔疾などさまざまな原因があるため、医療機関での検査が必要としています。
申し送りでは、診断名を先取りせず次を伝えます。
- 便が水様になった日と、血液が見え始めた日
- 血液の見え方について、本人・家族が使った言葉
- 腹痛が持続するか、波があるか、どこに強いか
- 排便前後で痛みがどう変わるか
- 嘔吐や摂取低下があるか
- 最終排尿と、普段からみた尿量の減少
- 顔色、活気、反応、眠り方が普段と違うか
- 受診前に使用した薬と、その時刻
便の写真を患者や家族が持参した場合の扱いは、勤務先の個人情報・端末利用のルールに従います。看護師個人の端末へ送らせたり、不要な複製を作ったりしません。院内記録へ必要な範囲を、定められた方法で残します。
乏尿・顔色不良・浮腫・意識の変化を一つの報告にする
HUSが疑われる変化は、複数の担当者に分かれて見つかることがあります。付き添い家族は「今日はトイレへ行っていない」、受け持ちは「まぶたがむくんでいる」、検査担当は「採血結果に変化がある」、別のスタッフは「反応が鈍い」と気付くかもしれません。
それぞれを単発のメモで終わらせず、次のようにまとめます。
HUSを含む重症化の相談に使う時系列欄
| 時点 | 排便・腹痛 | 水分・嘔吐 | 排尿 | 顔色・浮腫 | 意識・活気 | 検査・連絡 |
|---|
| 症状開始日 | 最初の症状 | 摂取できた量 | 普段どおりか | 普段との差 | 日常生活の様子 | 受診前の経過 |
| 受診時 | 回数・血便 | 最終摂取 | 最終排尿 | 皮膚・眼瞼 | 会話・反応 | 初回バイタル、医師報告 |
| 再評価時 | 直前との差 | 補水・輸液の事実 | 回数・量 | 新しい変化 | 眠気・不穏など | 検査値、追加連絡時刻 |
「乏尿」の基準を看護師が独自に決めるのではなく、年齢、体重、摂取、指示、院内基準に沿って評価します。数値が取れていない場合は、最後に排尿を確認した時刻、回数、家族の話、未確認であることを伝えます。
検査値は単独で読み上げず、採取時刻と前値を添えます。溶血、血小板、腎機能などの評価と治療判断は医師が行いますが、採血後の状態変化を待たずに報告する必要がある場面もあります。結果待ちを理由に、臨床的な悪化の連絡を遅らせないことが重要です。
病棟の排泄ケアでは、患者の尊厳と二次感染予防を両立する
腸管出血性大腸菌は糞口感染します。便やおむつを扱う場面では、標準予防策と、勤務先が定めた接触予防策を守ります。必要なPPE、病室やトイレの運用、リネン、環境清掃、廃棄物の方法は、施設の感染管理手順と感染管理担当者の指示で決めます。
そのうえで、次の失敗を避けます。
- 「感染症だから」と必要以上に患者の行動を制限し、理由を説明しない
- PPEを着けたまま廊下や別患者の環境へ移動する
- おむつ交換後、手袋を外したことで手指衛生まで終わったと考える
- 共用トイレの清掃担当・頻度・汚染時の連絡先が曖昧なままにする
- 排泄回数を記録しても、尿量や全身状態の変化を別問題にする
- 家族へ「触れないでください」とだけ伝え、手洗いの場面と方法を説明しない
患者本人がトイレを使える場合も、手洗いの可否、動線、共用物品、清掃方法を確認します。小児、高齢者、認知機能が低下した患者など、自分で衛生行動を完結しにくい場合は、必要な介助を個別に計画します。
退院・帰宅説明は「下痢が止まったら終わり」にしない
帰宅後の説明では、診断結果と医師の指示を土台に、受診の目安、排泄物の扱い、手洗い、同居者の体調確認を具体化します。看護師が一律の就業・登園可否を決めず、医師、保健所、学校・職場の規程に沿って案内します。
説明項目を5つに分けると、伝え漏れを減らせます。
- 経過:いつを症状開始日として見ているか、今後どの期間の変化に注意するか
- 再相談:尿が少ない、顔色が悪い、むくみ、強いだるさ、反応の変化、けいれんなどがあれば、どこへ連絡するか
- 排泄:おむつや便で汚れた物の扱い、トイレ後・介助後の手洗い
- 共有:同居者に下痢や腹痛が出た場合の相談先、同じ食品を食べた人の体調
- 生活:食事、水分、薬、通園・通学・就業について、医師・保健所から受けた個別指示
家族に記録を依頼する場合は、回数や時刻など必要最小限にします。「自宅で尿を正確に測れないと受診できない」と受け取られないよう、普段との違いや連絡すべき症状も言葉で伝えます。
看護師間の申し送り例:30秒版と詳細版を分ける
緊急時に長い説明から始めると、最も重要な変化が埋もれます。先に30秒版で要請し、その後に詳細を渡します。
30秒版
「3日前から水様便、昨夜から血便と強い腹痛があります。受診後4時間排尿を確認できず、顔色が悪く反応も普段より遅いと家族が話しています。現在のバイタルは記録のとおりで、再評価をお願いします」
詳細版で加える内容
- 年齢、体重、基礎疾患、内服
- 症状が出た順番と日付
- 便・嘔吐・摂取・排尿の推移
- 家族の観察と看護師の直接観察の区別
- 検体採取、検査結果、連絡済みの部署
- 同居者や施設内の有症状者の有無
- 排泄介助と環境対応の状況
- 現時点で未確認の事項
施設のSBARなど既存の様式がある場合は、それに合わせてください。例文を暗唱することではなく、重要な時間情報を先頭に置くことが目的です。
週報を朝礼で共有するなら、割合ではなく行動を一つ決める
第36週の数字を示した後に、部署で次のどれか一つを決めます。
- 血便患者の問診票に「症状開始日」「最終排尿」「同居者の症状」が入っているか確認する
- 共用トイレが汚染した場合の連絡先を、夜間を含めて確認する
- 便検体の容器、ラベル、搬送方法、検査室への事前連絡を再確認する
- 小児や高齢者の帰宅説明に、HUSを疑う生活上の変化が含まれているか見る
- 連絡が必要な変化を、医師・責任者・感染管理担当と読み合わせる
週報の読み方と短時間共有の組み立ては、感染症週報を朝礼で使う看護師向けガイドも参照してください。夏の感染症と熱中症が重なるときの問診は、夏の感染症と熱中症を分けて申し送る確認表で整理しています。
小児と高齢者では「普段との差」を具体化する
小児は排尿や腹痛を自分で説明できないことがあり、高齢者はもともとの腎機能、認知機能、食事量、排泄パターンが一人ずつ異なります。年齢だけで重症化を決めるのではなく、普段を知る人から比較情報を受けます。
小児で家族へ確認すること
- 最後に元気に遊べた時間
- おむつの濡れ方やトイレ回数が普段とどう違うか
- 飲水、授乳、食事がどの程度減ったか
- 泣き方、眠り方、呼びかけへの反応
- 便の回数と、血液が見え始めた日
- きょうだい、保育施設、同じ食事をとった人の症状
「おむつが軽い」「抱いても反応が弱い」といった家族の表現を否定せず、観察した時間と合わせて記録します。病院で測定した値だけでなく、家庭での変化がいつ始まったかを診療担当へ伝えます。
高齢者で生活支援者へ確認すること
- 普段の排尿回数、夜間排尿、失禁の程度
- 食事・水分の介助量と、最近の変化
- 元の顔色、浮腫、歩行、会話、眠気
- 利尿薬などの内服と、服用できたか
- デイサービス、訪問介護、施設で確認された便や体調
- 自分でトイレを流す・手洗いすることが可能か
「普段から尿が少ない」「認知症で反応が鈍い」といった説明で新しい変化を打ち消さないよう、最後に普段どおりだった日を確認します。家族や介護職の情報は、本人を特定する必要のない範囲で関係部署へ共有します。
説明後の理解を3つの質問で確かめる
帰宅説明を一方的に読み上げるだけでは、家族が何を優先するか分からないことがあります。説明後、患者・家族に自分の言葉で次を話してもらいます。
- 帰宅後、どの変化を見ますか
- その変化があったら、いつ、どこへ連絡しますか
- トイレやおむつを扱った後、家族は何をしますか
答えに迷いがあれば、専門用語を減らし、連絡先を紙面の目立つ位置へ示します。外国語、聴覚・視覚、認知、読み書きへの配慮が必要な場合は、通訳や説明支援を調整します。
説明を受けた署名だけでなく、理解確認を記録します。誰がどの内容を理解したか、未解決の質問は何かを残すと、次の受診時に同じ説明を最初からやり直さずに済みます。
電話再相談では、前回受診からの差を先に聞く
帰宅した患者・家族から電話があったとき、最初の問診を繰り返すだけでは現在の変化を見落とします。本人確認と緊急性評価を行ったうえで、前回受診時から何が変わったかを中心に聞きます。
- 血便と腹痛が増えた、減った、同じのどれか
- 水分を取れるか、嘔吐があるか
- 最後の排尿時刻と、普段との違い
- 顔色、むくみ、眠気、反応について家族が気付いた変化
- 新たな発熱、けいれん、呼吸の変化
- 指示された薬や受診予定を実行できたか
電話だけで安全と判断しにくい場合は、施設の電話相談手順に従って対面評価や救急要請へつなぎます。「尿量を正確に測ってからもう一度電話してください」のように、測定を待つことで相談を遅らせないようにします。
電話内容は、時刻、話した相手、助言、受け手の理解、再連絡条件を記録し、診療担当へ渡します。前回の説明と異なる案内をする場合は、その理由と判断者を明らかにします。
自宅での記録は、医療者向けの完璧な観察表にする必要はありません。排便、排尿、摂取、体温、反応の変化を、家族が続けられる範囲で時刻と一緒に残します。記録がなくても相談してよいことを明確にし、写真や患者情報を看護師個人の端末へ送らせない連絡方法を案内します。
職員症状、検査、トイレ・清掃、保健所連絡まで病院全体で見直す場合は、腸管出血性大腸菌感染症とHUS疑いの院内連携表を参照してください。
よくある質問
第36週の137例は、全国でその週に発症した人数ですか?
週報にその週の報告として掲載された届出数です。発症日、診断日、届出日がすべて同じ週とは限りません。週報自身も、報告が遅れた場合は後の週の累積へ加わると説明しています。
血便があれば腸管出血性大腸菌感染症ですか?
血便には複数の原因があります。感染症名を決めつけず、強い腹痛、便の経過、全身状態を伝え、医師の診察と必要な検査へつなぎます。
下痢が止まればHUSの心配はなくなりますか?
便の回数だけでは判断できません。厚生労働省Q&Aでは、HUSなどの重症合併症が初発症状から数日〜2週間以内に生じることがあると説明されています。個別の経過観察期間と受診基準は、医師の説明に沿ってください。
家族には何を一番伝えればよいですか?
手洗いと便の扱いに加え、尿が少ない、顔色が悪い、むくみ、反応の変化など、再相談につながる変化と連絡先を具体的に伝えます。患者の年齢や状態で内容は変わります。
参考資料
最終確認日:2026年9月20日。この記事は診断・治療や個別の隔離期間を指示するものではありません。症例ごとの観察、検査、治療、感染対策、就業・登園等の扱いは、医師、感染管理部門、保健所、勤務先の最新版手順に従ってください。
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