領域をまたいで通用する物差しを作る
日本看護協会が2026年8月6日から、「保健師実践能力および保健師実践能力習熟段階」に関する意見募集を開始しました。受付の締切は2026年8月31日(月)となっています。
まず、この取り組みの位置づけを押さえておきます。
日本看護協会は2023年度に「看護職の生涯学習ガイドライン」を公表し、生涯学習を支援するため、看護師・助産師については、ガイドラインのほか、推進のための小冊子や、実践能力および実践能力習熟段階を作成・公表してきました。
そして保健師についても、働く領域や場所にかかわらず生涯にわたって主体的に学び、能力開発していくための支援のあり方の検討を行い、学びの羅針盤となる保健師実践能力および習熟段階について2023年度より検討を進めてきたとされています。
つまり、看護師・助産師について先に整備されたものを、保健師についても用意するという流れです。今回の意見募集は、その案に対するものになります。
なお、保健師のラダーがこれまで存在しなかったわけではありません。 自治体保健師の標準的なキャリアラダーや、産業保健分野等のラダーはすでにあり、日本看護協会の資料もそれらを検討材料にしたと説明しています。今回の新しさは、働く場や領域を問わず共通して使える枠組みを、日本看護協会が分野横断で示そうとしている点にあります。
この記事で分かること
- 保健師実践能力として、何が定義されようとしているか
- 習熟段階(レベルⅠ〜Ⅴ)の考え方
- なぜいま作られるのか、その背景
- 経験年数や役職とは連動しない、という設計の意味
- 意見の出し方と締切
この記事は、保健師として働いている方、保健師免許を持っていて将来その領域に移ることを考えている方向けです。いま職場で使われているキャリアラダーと案を見比べて、自分の現在地と足りない部分を確かめる材料になります。意見を出す先は日本看護協会のオンラインフォーム、キャリアの相談先は所属先の教育担当か都道府県ナースセンターです。
4つの能力と、15の構成要素
案では、保健師実践能力を「働く場や領域等に関わらず、公衆衛生看護活動を遂行するにあたり、すべての保健師に共通して必要な能力」と定義しています。
そのうえで、次の4つの能力で構成されるとしています。
| 能力 | 構成要素 |
|---|
| 専門的・倫理的・法的な実践能力 | 責務に基づく実践/倫理的実践/法に基づく実践 |
| ヘルスプロモーションの実践能力 | コミュニティマネジメント/アセスメントと分析/健康増進・予防活動/調整と連携・協働/ケアシステムの構築 |
| 公衆衛生看護管理能力 | 情報・科学技術の活用と管理/人材育成・人材管理/健康危機管理/組織マネジメント |
| 専門職としての自律と専門性の開発能力 | 専門性の強化と社会貢献/科学的探究と創造/生涯学習とウェルビーイングの向上 |
4つの能力、15の構成要素という構成です。
それぞれの能力には定義が付されています。たとえば「ヘルスプロモーションの実践能力」は、ポピュレーションベースの原則に基づき、人々・コミュニティが自らの健康課題を改善・解決できるよう有機的な関係性を醸成し、継続的に健康支援を行う能力とされています。
ここでいうポピュレーションベースの原則とは、案の注記によれば、誰一人取り残さず、すべての人の健康を実現するために、個を大事に、そして常にポピュレーションを視野に入れながら、臨機応変に個人やコミュニティ、システムにフォーカスして包括的に事象を見る原則、とされています。個から全体、全体から個という双方向で見ること、複眼的・多角的な視点で総合的に見る原則、という説明です。
注目したいのは、最後の「生涯学習とウェルビーイングの向上」という構成要素です。 定義は、専門職として生涯に渡り自己研鑽を行い、周囲の人々と共に学び合うとともに、保健師自身のウェルビーイングを向上する、というものです。
支援する側の健康が、実践能力の構成要素として明記されている。ここは今の時代の設計だと感じます。
15の構成要素は、それぞれ何を指しているか
案の表1には、構成要素ごとの定義が記載されています。抽象的な名称だけでは中身が分からないので、定義を並べておきます。
専門的・倫理的・法的な実践能力
| 構成要素 | 定義 |
|---|
| 責務に基づく実践 | 保健師としての職業倫理に基づき、自らの判断や行為及びその結果に責任を負い、自身の役割や能力に応じた保健師の活動を行う |
| 倫理的実践 | 人々・コミュニティの多様性・自律性、文化や価値観を尊重し、すべての人々が健康で安全な生活を送ることを保障し、健康の社会的公正に取り組む |
| 法に基づく実践 | すべての人々の健康に関する権利をまもり、法令や所属組織等の規範に基づき保健師の活動を行う |
ヘルスプロモーションの実践能力
| 構成要素 | 定義 |
|---|
| コミュニティマネジメント | コミュニティ全体の健康課題を踏まえ、その変容を促すために必要な活動の計画・実施・評価・改善を組織的かつ総合的に展開し管理する |
| アセスメントと分析 | 個人・家族とコミュニティを連続的・重層的に関連づけ、その特性や実態を多角的に捉え、将来にわたる顕在的・潜在的ニーズと優先度を明確化する |
| 健康増進・予防活動 | 人々・コミュニティの特性や実態に応じて、その力量形成とリスク回避に向けて効果的な支援方策を見出し、健康なコミュニティづくりのために実践する |
| 調整と連携・協働 | 人々・コミュニティや他職種・他機関と目的を共有し、目標達成に向けた合意形成や課題解決のために、それぞれが役割・機能をもって連携し協働することを促進する |
| ケアシステムの構築 | 人々・コミュニティの健康支援に必要な事業化・施策化やネットワーク化、社会資源の活用・開発を行い、実施体制を整備し、持続可能なシステムをつくる |
公衆衛生看護管理能力
| 構成要素 | 定義 |
|---|
| 情報・科学技術の活用と管理 | 健康課題の解決及びエビデンスに基づく実践に向けて、様々な健康情報や科学技術を活用・管理する |
| 人材育成・人材管理 | 人々・コミュニティの健康づくりに貢献できる人材を育成し、計画的に人材確保・配置及び定着のための支援を行い、組織的に必要な人材を管理する |
| 健康危機管理 | 平時より健康危機に備えて体制整備に取り組み、健康危機発生時は、迅速的確に対応するとともに活動体制を構築し、展開する |
| 組織マネジメント | 保健師活動を効果的に行うための体制の構築・整備・運営を行うことで、ミッション・ビジョンを実現し、組織の成長や活動の発展を促進する |
専門職としての自律と専門性の開発能力
| 構成要素 | 定義 |
|---|
| 専門性の強化と社会貢献 | 保健師としての専門性を自覚し、自ら知識・技術の更新を図り、専門性を向上させることにより社会に貢献する |
| 科学的探究と創造 | 物事・事象の原因や根拠を探求し、実践を多角的に検証し、専門的知識・技術を開発・創造する |
| 生涯学習とウェルビーイングの向上 | 専門職として生涯に渡り自己研鑽を行い、周囲の人々と共に学び合うとともに、保健師自身のウェルビーイングを向上する |
こうして並べると、「事業をつくる」「システムをつくる」「人を育てる」といった、組織や仕組みに働きかける要素の比重が大きいことが分かります。ケアシステムの構築、組織マネジメント、人材育成・人材管理。個別支援の技術だけで構成されているわけではありません。
保健師の仕事を「健診や訪問」というイメージで捉えていた方には、この構成そのものが情報になると思います。
習熟段階は、経験年数と連動しない
もう一つの柱が、習熟段階です。案では5段階が示されています。
| レベル | 定義 |
|---|
| Ⅰ | 必要に応じ助言を得て実践する |
| Ⅱ | 定型的な活動を概ね自立して実践する |
| Ⅲ | 状況に応じて判断し実践する |
| Ⅳ | 幅広い視野で予測的に判断・実践し、教育・指導的役割を担う |
| Ⅴ | より複雑な状況において、組織や分野を超えた活動を創造し、展開する |
そして、設計上いちばん重要な但し書きがここに付いています。
この習熟は、経験年数や役職との連動ではなく、より複雑な課題への対応、より広がりのある活動の実践を行う、という実践能力の習熟を示すものとされています。
つまり、何年働いたからレベルⅢ、係長だからレベルⅣ、という使い方は想定されていません。 どれだけ複雑な状況に対応できるか、活動の広がりがどこまであるかで測る、という考え方です。
レベルの記述の仕方についても方針が示されています。「実践能力」であることを鑑み、知識・技術の保有にとどまらず、実践において能力を示す形になるよう整理したとされています。知っているかどうかではなく、できているかどうかで書く、ということです。
さらに、ヘルスプロモーションの実践能力のうち「アセスメントと分析」「健康増進・予防活動」「調整と連携・協働」の3つについては、保健師が個人・家族のみならず、集団・組織・地域社会等のコミュニティやシステムも支援するという特性を踏まえ、習熟段階の内容を「①個人・家族」と「②コミュニティ」に分けて記載しているとされています。
同じ「アセスメント」でも、目の前の一家族を見るのと、地域全体を見るのとでは求められるものが違う。その違いを段階の記述の中で分けている、という設計です。
なぜ、いま作られるのか
案の資料には、作成の背景が三つの角度から整理されています。
一つ目は、保健師が対応する健康課題の変化です。 2040年に向け、出生数の減少と死亡数の増加の同時発生による人口減少、8050世帯や介護と育児のダブルケアなど、一つの世帯に複数の課題が存在している状態や世帯全体が孤立している状態など、人々の複雑化・複合化するニーズの増大がさらに進むとされています。
あわせて、健康課題のグローバル化、都市型地域での高齢者人口の大幅増、地方での著しい人口減少といった、地域ごとの人口規模・構造の多様化も挙げられています。
なお、2026年5月15日に発出された「地域における保健師の保健活動について」では、保健師のマネジメントについて記載され、実践能力に加えマネジメント能力を育成し、双方を備えた保健師が求められることが記載された、とも書かれています。
二つ目は、保健師の働き方の変化です。 ここが実務的に効いている部分だと思います。
案には、保健師は従来、新卒から退職まで同一の職場で就業する場合が多かったが、自治体から別の自治体へといった同じ活動領域での職場の変更だけでなく、行政から産業へ、医療から福祉へなど活動領域の変更を行いながら活動を継続する保健師も増え、加えてNPOや自営など活動の場も拡張していると記載されています。
さらに、行政においては保健師の活動部署が多岐にわたっており、同じ自治体で就業を継続していても数年ごとに活動部署が変更する場合もある、と。
つまり、領域をまたいで共通に使える物差しが、まだ整理されていなかったということです。自治体保健師の標準的なキャリアラダーなど個別領域の枠組みはありますが、領域を越えて持ち運べる共通の指標が無い。一人配置であったり新たな配置により、保健師自身が主体的に能力向上を行い活動を切り開いていく必要性が高まっている、とも書かれています。
三つ目は、人生100年時代のキャリアです。 保健師助産師看護師法や看護師等の人材確保の促進に関する法律、看護職の倫理綱領を引きながら、能力の開発・維持・向上をするための生涯学習は専門職である保健師の責務である、と整理しています。2015年の職業能力開発促進法の改正で、自ら職業人生設計を行い職業能力の開発・向上に努めるという個々人の努力義務が明記されたことにも触れています。
保健師以外の看護職にとっての意味
募集ページに資格要件の明記はなく、「保健師が活躍するさまざまな領域において活用できるよう、皆さんより広くお考えをお寄せいただきたく」と書かれています。ただし参考として示されている入力フォームは「ご自身の保健師としての学び」を尋ねる設問なので、保健師本人を想定した作りです。保健師以外の立場で出したい場合は、日本看護協会へ確認するのが確実です。
それでも読む価値があるとすれば、二つあると思います。
一つは、保健師資格を持っている看護職が一定数いることです。 看護師として働いていても保健師免許を持っている方はいますし、将来的に行政や産業保健の領域に移ることを考えている方もいるでしょう。その場合、この能力の枠組みは、移った先で求められるものの見取り図になります。
行政保健師、産業保健師、学校、地域包括支援センター。働く場によって業務は違いますが、共通して必要な能力として整理されるのがこの4つだということです。
もう一つは、ラダーという仕組みの考え方そのものです。 経験年数や役職と連動させない、知識の保有ではなく実践で示す。この考え方は、看護師のクリニカルラダーを使っている方にとっても比較の材料になります。ただし、これは保健師実践能力の案について示された方針です。看護師のラダーがどう設計されているかは、それぞれの枠組みや職場の運用によります。自分の職場のラダーがどういう考え方で組まれているかを確認する、という使い方にとどめてください。
キャリアの棚卸しの方法については看護師の学び・資格・キャリアアップで整理しています。
意見の出し方
手続きはシンプルです。
| 項目 | 内容 |
|---|
| 受付期間 | 2026年8月6日〜8月31日 |
| 提出方法 | 意見入力フォーム(オンライン)のみ |
| 注意 | 電話・紙面での提出は不可 |
オンラインフォームのみという点は、押さえておいてください。 紙や電話は受け付けられません。
意見を出すときに考えておくとよいのは、自分の実感と案の記述がずれているところです。案は「すべての保健師に共通して必要な能力」を定義しようとしています。特定の領域で働いている人から見て、自分の仕事の中核が抜けていると感じるなら、それは意見として意味を持ちます。
逆に、行政保健師を前提にした記述が多く、産業保健や学校の現場に当てはめにくいと感じることもあるかもしれません。そうした違和感も、共通の枠組みを作るという目的からすれば、伝える価値があります。
何に使われる想定なのか
作られた実践能力と習熟段階が、どう使われる想定なのかも案に書かれています。挙げられているのは、まず保健師自身の主体的な学習の計画・実施です。保健師自身が将来どのように活動したいかなどの目標を持ち、その実現に向かって計画的に学んでいく、という使い方です。
ここで参照されているのが、日本看護協会が2023年度に公表した「看護職の生涯学習ガイドライン」です。案の注記によれば、ガイドラインでは活躍するために必要な能力を次の三つに大別して考えるとされています。
| 分類 | 内容 |
|---|
| 社会人に求められる能力 | 職種を問わず必要なもの |
| 看護職に求められる能力 | 職種に共通して求められる能力(保健師実践能力など)に加え、領域に応じて必要な能力や、管理者等の特定の役割を果たすために必要な能力 |
| 所属する組織で求められる能力 | 勤務先ごとに異なるもの |
この三分類は、保健師に限らず使える整理だと思います。 自分に足りないと感じているものが、どの層の話なのかを分けて考えられるからです。
たとえば「うまく説明できない」という悩みが、社会人としての説明の技術の話なのか、看護職としてのアセスメントを言語化する力の話なのか、勤務先固有の様式に慣れていないだけの話なのか。層が違えば、埋め方も違います。
そして、保健師実践能力は真ん中の層に位置づけられます。所属する組織で求められる能力とは切り離されている。だからこそ、職場が変わっても持ち運べる物差しとして機能しうる、という設計になっています。
意見を出せる窓口が開いているのは、いまだけです
この種の意見募集は、日々の業務に追われている人ほど気づきにくいものです。気づいたとしても「自分が意見を出すほどのことか」と考えて手が止まる、ということもあると思います。
しかし、意見を出す機会が開かれているのは、いまです。 意見が集まらなくても内部の検討によって案が変わることはありますが、現場からの声を届けられる窓口が開いているのはこの期間だけです。そして一度まとまった枠組みは、研修の設計や人材育成の考え方として参照されていきます。
分野横断で共通の枠組みが作られる場面は、そう多くありません。自分の働く領域の実感を検討材料として届けられるのは、この期間だけです。提出した意見が最終案にどう反映されるかは協会の検討によるもので、出せば通るというものではありません。
締切は8月31日。オンラインフォームなので、まとまった時間は要りません。
よくある質問
Q. 保健師でなくても意見を出せますか。 A. 対象は保健師が活躍するさまざまな領域で従事する専門職とされています。詳細は日本看護協会のページでご確認ください。
Q. 締切はいつですか。 A. 8月6日に受付が始まり、8月31日(月曜日)で締め切られます。
Q. 紙で提出できますか。 A. できません。意見入力フォーム(オンライン)のみの受付で、電話・紙面での提出は不可とされています。
Q. これは資格や研修の要件になりますか。 A. 案の資料では、保健師自身の主体的な学習の計画・実施などの活用が示されています。資格要件として述べられているものではありません。
Q. 看護師のクリニカルラダーとは違うものですか。 A. 別のものです。日本看護協会は看護師・助産師については実践能力および実践能力習熟段階を作成・公表しており、保健師についても同様のものを検討しているという位置づけです。
参考資料
- 日本看護協会「保健師」(保健師実践能力および保健師実践能力習熟段階に関する意見募集) https://www.nurse.or.jp/nursing/hokenshi/index.html
- 日本看護協会「保健師実践能力および保健師実践能力習熟段階について」(資料) https://www.nurse.or.jp/nursing/assets/phn_ability.pdf
- 日本看護協会「保健師実践能力(案)」(表1) https://www.nurse.or.jp/nursing/assets/phn_ability_chart1.pdf
- 日本看護協会「保健師実践能力習熟段階(案)」(表2) https://www.nurse.or.jp/nursing/assets/phn_ability_chart2.pdf
本記事は意見募集中の案にもとづくものです。内容は今後の検討により変更される可能性があります。応募方法の詳細は日本看護協会のページをご確認ください。