「看護師が足りない」の根拠が、更新される
厚生労働省が2026年7月23日に開いた第4回「2040年に向けた看護職員の養成・確保の在り方に関する検討会」に、看護職員の需要推計についての資料が提出されました。
看護師不足という言葉は、長く使われてきました。その根拠になっているのが、国が作る需給見通しです。今回の資料は、その需給見通しを2040年に向けて作り直すための方針を示したものです。
働く側から見ると、この話は遠く感じるかもしれません。しかし需給見通しは、看護師の養成数、復職支援の予算、地域ごとの確保策の土台になります。「足りない」という前提が変われば、そこにぶら下がっている施策も変わります。
この記事では、資料に書かれている内容を確認したうえで、前回の見通しと実績にどれだけ差があったのか、その差が何を意味するのか、そして新しい推計で何が変わるのかを整理します。
この記事で分かること
- 第7次需給見通しと実際の就業者数に、どれだけ差があったか
- 第8次需給見通しがそのまま使えない理由
- 新しい推計の作り方と、いつまでに作られるのか
- 「不足」という言葉の意味が、推計の方法で変わること
- 働く側が、この動きをどう受け止めればよいか
地域を変える転職を考えている方は、この推計が出そろうのを待つより、いま各都道府県ナースセンターで求人の動きを聞くほうが具体的です。条件の優先順位を整理したい場合は看護師の悩み診断を使ってください。
前回の見通しと、実際の就業者数の差
まず、過去の数字から見ていきます。資料には、第7次看護職員需給見通しについての記載があります。
第7次需給見通しは、推計最終年である2015年について、次の結果でした。
| 比較 | 乖離率 |
|---|
| 需要見通しと就業者数 | 2.98% |
| 供給見通しと就業者数 | 2.36% |
需要側で約3%、供給側で約2.4%の差です。
ただし、この差を「予測が当たった/外れた」と読むことはできません。 需要見通しは、病院等が必要と判断した人数を積み上げたものです。一方の就業者数は、人手不足などの制約を受けたうえで実際に働いていた人数であって、必要量が観測された値ではありません。必要とされた人数と、実際に確保できた人数の差を見ているのであって、推計の精度を測ったものではないのです。
資料自体も、この2.98%・2.36%を推計の精度として評価しているわけではありません。
実際の数字も資料に載っています。単位は万人(実人員)です。
| 年 | 需要見通し | 供給見通し | 就業者数 |
|---|
| 2011年 | 154.1 | 148.1 | 149.6 |
| 2014年 | 162.4 | 159.6 | 157.3 |
| 2015年 | 165.0 | 164.0 | 160.1 |
推計最終年の2015年で、需要見通し165.0万人に対して実際の就業者数は160.1万人。差は約4.9万人です。これが乖離率2.98%にあたります。供給見通し164.0万人との差は約3.9万人で、乖離率2.36%です。
並べてみると、もう一つ見えることがあります。2011年時点では、就業者数149.6万人が供給見通し148.1万人を上回っていました。 つまり供給は見通しより多かった。ところが2014年、2015年と進むにつれて、就業者数が供給見通しを下回るようになります。推計の期間の後半にいくほど、供給側の実績が見通しに届かなくなっていった形です。
これは資料が指摘している点ではなく、公表された数字を並べた観察です。需要と供給の見通しに対して実際の就業者数がどう推移したかを示すもので、その理由まではこの表からは分かりません。
第7次の作り方は、都道府県が病院等に調査を行い、その集計結果を積み上げる方式でした。需要見通しについては、病院等が「看護の質の向上や勤務環境の改善等の要因に関し実現可能と判断した人数」を回答する形になっています。供給見通しは、再就業者数の現状等を踏まえつつ政策効果も加味して各都道府県が推計し、厚生労働省が取りまとめました。
つまり、現場が一定の条件のもとで実現可能と判断した人数を積み上げたものです。潜在的に必要な人数と同じではありません。この方式には、後で触れる限界もあります。
第8次は、そのまま比べられない
では現行の第8次需給見通しはどうか。ここが今回の資料でいちばん重要な部分です。
資料には、第8次について「直近の就業者数データが2023年までに限られていることから、2025年の需給見通しと単純に比較することは困難である」と書かれています。つまり、第7次のときのように実績と並べて見ることが、まだできる段階にないということです。
さらに続けて、次の点が指摘されています。第8次は2019年の作成当時、患者の受療率が一貫して変わらないものと仮定して行われたものであり、次の三つが反映されていないため、十分に留意する必要がある、と。
- 地域医療構想の取組の推進
- コロナ後の受診行動の変化等による受療率の低下傾向
- DX等による業務効率化の進展等による効果
受療率とは、人口に対してどれくらいの人が医療を受けるかの割合です。 第8次はこれが変わらない前提で作られていました。しかし実際には、コロナ後に受診の仕方が変わり、受療率は低下傾向にあるとされています。
ここが重要な点です。受療率が下がれば、同じ人口でも医療の需要は減ります。需要が減れば、必要な看護職員数の推計も変わります。現行の見通しは、需要を実態より多めに見積もっている可能性があるということになります。
もちろん、この資料は「第8次が過大だった」と断定しているわけではありません。留意が必要だと述べているだけです。ただ、作り直す方針が示されている以上、現行の数字をそのまま将来の前提にはできない段階に来ていると読むのが妥当でしょう。
新しい推計は、どう作られるのか
資料には、需要推計に関する方針が具体的に書かれています。
| 項目 | 方針 |
|---|
| 単位 | 都道府県ごとに算定 |
| 期間 | 新たな地域医療構想と合わせ、2040年頃まで |
| 手法 | 医療需要当たりの看護職員数 × 医療需要 |
| 人数の数え方 | 常勤換算人員数に加えて実人員数も推計 |
| 効率化の反映 | 新たな地域医療構想の取組による効率化効果等を反映 |
| シナリオ分け | 業務効率化や勤務環境改善の進展を踏まえた分け方は、第5回以降に改めて検討 |
第7次のような「病院に聞いて積み上げる」方式から、「医療需要当たりの看護職員数」に「医療需要」を掛ける方式へ変わります。医療需要には、介護現場における看護業務を含むとされています。
この違いは小さくありません。積み上げ方式では、現場が必要だと考える人数が反映されます。掛け算方式では、医療の需要量から機械的に算出されます。前者は現場の実感に近く、後者は将来推計に向いています。どちらが正しいというより、測っているものが違います。
もう一つ注目したいのが、常勤換算に加えて実人員も推計するという点です。これは第3回検討会で「育児休業取得者や短時間勤務者の増加も見込まれることから、実人員ベースに加え、常勤換算ベースの推計も必要」という意見が出たことを受けたものです。
短時間勤務の人が増えれば、同じ人数でも実際に働く時間の合計は減ります。逆に、常勤換算で必要数を満たすには、実人員としてはより多くの人が必要になります。働き方が多様化した現実を、推計に取り込もうとしているということです。
検討会で出ていた意見
資料には、第3回検討会での主な意見も整理されています。推計の作り方をめぐって、どんな論点があるのかが見えます。
- 需給推計にあたっては、前回の需給推計の評価が不可欠
- 2040年に向けた新たな地域医療構想との整合性を図る必要があり、これらが看護職員需要に与える影響を適切に反映すべき
- 訪問看護について、現在及び今後対象となる患者の状態像を踏まえた推計が必要
- 85歳以上の人口増加に伴う医療ニーズの複雑化・重度化や、患者状態の変化に応じた推計が必要
- 業務効率化や多様で柔軟な働き方の導入など、持続可能な勤務体制を確保することが不可欠
- DX、ICTによる業務効率化は、導入・効果に地域差・施設差があるため、まず実態把握と効果検証を進めるべき。看護の安全性や職員負担への影響も踏まえ、慎重な検討が必要
- 育児休業取得者や短時間勤務者の増加も見込まれることから、実人員ベースに加え、常勤換算ベースの推計も必要
- 長期の推計となることから、医療計画の見直しの議論等を踏まえ、途中での見直しが必要
DXについての意見が慎重な書き方になっている点は、押さえておく価値があります。 業務効率化で必要人数が減るという単純な話ではなく、導入や効果に地域差・施設差があること、看護の安全性や職員負担への影響も踏まえる必要があるとされています。
「AIやICTで看護師の仕事が減る」という語られ方をすることがありますが、少なくとも国の検討の場では、まず実態把握と効果検証を進めるべきという段階にあります。
積み上げ方式と掛け算方式は、何が違うのか
推計の方法が変わるという話は抽象的なので、二つの方式の性格の違いを整理しておきます。ここは資料の記述をもとにした説明ですが、対比の形にしたのは筆者の整理です。
| 積み上げ方式(第7次まで) | 掛け算方式(新しい推計) |
|---|
| 出発点 | 病院等が回答した必要人数 | 医療需要の量 |
| 反映されるもの | 現場が実現可能と判断した水準 | 人口構成と受療の見込み |
| 反映されにくいもの | 将来の人口動態 | 現場の改善意向 |
| 地域差の出方 | 回答した施設の事情 | 地域の医療需要の差 |
積み上げ方式の強みは、現場の判断が数字に入ることです。実現可能と判断した人数という形で、勤務環境の改善意向が反映されます。一方で、将来の人口や受療の変化がどこまで織り込まれるかは、回答する施設の見通しによります。
掛け算方式は逆です。人口と受療率から医療需要を出し、そこに看護職員数の比率を掛けるので、長期の推計に向いています。ただし、現場が「足りない」と感じている分は、そのままでは入りません。医療需要当たりの看護職員数という係数に、どの水準を採用するかで結果が変わります。
だからこそ、資料に書かれている「新たな地域医療構想の取組による効率化効果等を反映する」「業務効率化や勤務環境改善の取組の進展を踏まえたシナリオ分けを第5回以降に検討する」という部分が効いてきます。係数をどう設定するかが、実質的な争点になるということです。
シナリオ分けが第5回以降に持ち越されている以上、ここはまだ決まっていません。DXによる効率化をどれだけ見込むかで、必要人数の推計は変わります。検討会の意見に「DX、ICTによる業務効率化は、導入・効果に地域差・施設差があるため、まず実態把握と効果検証を進めるべき」という慎重な指摘が入っているのは、この係数の設定に直結するからだと考えられます。
「不足」の意味は、測り方で変わる
ここからは、資料に書かれていない読み方の話です。
需給見通しにおける「不足」とは、需要見通しと供給見通しの差のことです。そして需要見通しは、何を需要とみなすかで変わります。
第7次のように病院が「実現可能と判断した人数」を積み上げれば、そこには勤務環境を改善したいという意向が入ります。医療需要から機械的に算出すれば、その意向は入りません。同じ現場を見ていても、測り方によって不足の大きさは変わります。
だから、新しい推計で不足の数字が小さくなったとしても、それが「現場が楽になった」ことを意味するとは限りません。逆に大きくなったとしても、直ちに人が増えるわけでもありません。推計は、施策を決めるための道具であって、現場の忙しさを表す指標ではありません。
働く側として押さえておきたいのは、この推計が自分の職場の人員配置を直接決めるものではないということです。病棟に何人配置されるかは、診療報酬上の看護配置基準と、施設の経営判断で決まります。国の需給見通しは、養成数や確保策の設計に使われるものです。
自分の職場の人員が足りているかどうかを知りたいなら、需給見通しよりも、配置基準と実際の勤務表を見るほうが実用的です。
いつ、何が決まるのか
同じ検討会に提出された今後の検討スケジュールによれば、需給見通しについては第1回から第6回以降まで通しで議論される予定になっています。そして業務効率化のシナリオ分けは第5回以降に改めて検討するとされています。
資料には「議論の進捗により、スケジュール感に変更はあり得る」と明記されているので、確定した予定として受け取らないほうがよいでしょう。
推計の期間は2040年頃まで。そして、精神医療に関する検討状況等を踏まえて推計の更新を行うこととし、さらに医療計画の見直し等を踏まえて必要に応じて推計の見直しを行う、とされています。一度作って終わりではなく、途中で見直す前提になっています。
都道府県が将来の看護職員数を推計できるよう、検討会の議論を踏まえた推計方法を示すとともに、必要な支援を講じるとも書かれています。つまり、最終的には都道府県ごとに数字が出るということです。全国の話ではなく、自分の住む地域の話になります。
働く側は、この動きをどう見ればよいか
正直なところ、この推計が明日の勤務を変えるわけではありません。それでも知っておく意味はあります。
第一に、地域ごとの数字が出るということです。 全国ではなく、自分の都道府県で必要とされる看護職員数の目安が示されます。ただし今回示されているのは需要側の推計方法が中心で、足りているかどうかの判断には供給側の推計や現在の配置数との突き合わせが要ります。この数字だけを転居や転職の根拠にはしないでください。地域の状況を測る材料が一つ増える、という位置づけです。
第二に、訪問看護が推計の論点に入っていることです。 検討会の意見でも、訪問看護について現在及び今後対象となる患者の状態像を踏まえた推計が必要とされています。在宅領域の位置づけが、推計の中で明示的に扱われる方向にあります。訪問看護への移行を考えている方にとっては、必要量が明示的に数えられる領域になる、ということです。数えられることと支援が整備されることは別なので、環境が良くなると先取りして考えるのは早すぎます。
第三に、短時間勤務が前提として組み込まれることです。 実人員と常勤換算の両方を推計するという方針は、短時間で働く人が一定数いることを織り込んで人員を考えるということです。育児や介護と両立しながら働く人を含めて、実態に近い必要量を把握しやすくなる、ということです。推計の数え方が変わることと、職場での待遇や雇用慣行が変わることは別の話で、後者には別途の施策が要ります。
ただし、いずれも推計の設計段階の話です。実際の施策になるまでには時間がかかります。過度な期待も、悲観も、いまの段階では根拠が薄いというのが正確なところでしょう。
将来の働き方の見通しについては、2040年に向けた看護職員の検討会で何が議論されているかや2040年の看護師の働き方もあわせて確認してください。
よくある質問
Q. 看護師不足は解消に向かっているのですか。 A. この資料からはそう読めません。第8次需給見通しに反映されていない要素があるため、そのまま使うと留意が必要だと述べられているだけです。新しい推計の結果はまだ出ていません。
Q. 第7次の乖離率2.98%は、推計が当たったということですか。 A. いいえ。需要見通しは病院等が必要と判断した人数の積み上げで、就業者数は制約を受けた実際の就業人数です。必要量と実際に確保できた人数の差であり、予測の精度を示す数字ではありません。
Q. 受療率が下がると、看護師は余るのですか。 A. そうとは限りません。受療率が下がっても、85歳以上の人口増加による医療ニーズの複雑化・重度化が指摘されており、一人あたりに必要な看護の量が変わる可能性があります。検討会でもその点が意見として出ています。
Q. 新しい推計はいつ出ますか。 A. 資料に完成時期は明示されていません。需給見通しは第6回以降まで議論が続く予定で、業務効率化のシナリオ分けは第5回以降に検討するとされています。スケジュールは変更があり得るとも明記されています。
Q. この推計で、自分の病棟の人員は増えますか。 A. 需給見通しは養成数や確保策の設計に使われるもので、個別の病棟の配置人数を決めるものではありません。病棟の配置は、診療報酬上の看護配置基準と施設の判断によります。
参考資料
- 厚生労働省「第4回 2040年に向けた看護職員の養成・確保の在り方に関する検討会」(令和8年7月23日) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74359.html
- 厚生労働省「看護職員の需要推計について」同検討会 資料4 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001719357.pdf
- 厚生労働省「今後の検討スケジュールについて」同検討会 資料2 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001719355.pdf
本記事は検討段階の資料にもとづくものです。推計の方法や結果は今後の議論により変わる可能性があります。