「世界では看護師・助産師が追加で2,390万人必要」という数字を見て、「これまで言われていた看護師不足580万人から、急に4倍へ悪化したの?」と感じた方もいると思います。
先に結論をお伝えすると、2,390万人と580万人は、同じ不足を新旧で測った数字ではありません。対象職種、目標、推計方法が異なるため、単純に割り算して「不足が4倍になった」とは言えません。
それでも、2026年9月に公表された新しい世界推計には、日本で働く看護師さんにも役立つ視点があります。大切なのは、世界の人数をそのまま自分の職場へ当てはめることではなく、総人数だけでなく、誰がどの判断を担い、夜間や欠員時にも看護の質を維持できるかを見ることです。
この記事では、大きく見える三つの数字を分けたうえで、求人票、職場見学、面談、現在の勤務先で使える確認項目へ変換します。
この記事で分かること
- 看護師不足580万人と、看護師・助産師が追加で2,390万人必要という推計の違い
- 2023年の看護師3,320万人という新推計を、WHOの2,980万人と単純比較できない理由
- 地域保健従事者(CHW)760万人という数字と、日本の看護補助者を同一視できない理由
- 世界の人材不足を、給与、配置、休息、教育、役割分担の確認へ変える方法
- 「資格の価値が高い」と「続けられる職場である」を分けて判断する方法
先に整理:三つの資料は別の問いに答えている
今回確認した主な一次資料は三つです。
- WHO「State of the world's nursing 2025」に関する公表
- GBD 2023 Human Resources for Health Collaboratorsの研究(PubMed)
- WHO「National health workforce accounts: health workforce levels and trends 2026」
それぞれが答えている問いは同じではありません。
| 資料 | 主な数字 | 対象・問い | そのまま比較できない理由 |
|---|
| WHO 2025看護報告 | 2023年の看護職員約2,980万人、不足約580万人 | 既存の保健医療システムを前提にした看護人材の規模・不足 | 看護師を中心にした別のデータ体系・不足推計 |
| Lancet Public HealthのGBD研究 | 看護師3,320万人、助産師240万人、追加で看護師・助産師2,390万人 | 20職種を標準化し、UHC実効カバレッジ指数80に必要な密度を推計 | 看護師と助産師を合わせ、目標値から必要人数を逆算 |
| WHO NHWA 2026 | 医師、看護・助産、歯科、薬剤の密度が2006年から52%増加、2030年に保健医療人材1,110万人不足見込み | 各国が報告した公式データによる保健医療人材全体の水準・分布・高齢化 | 職種範囲、データ源、集計目的が異なる |
数字の大小だけを見ると矛盾しているように見えます。しかし、これは体温計と血圧計の数字を並べて「どちらが高いか」を比べるようなものです。測っている対象と目的を先に確認する必要があります。
新研究が推計した世界の医療人材
2026年9月の *The Lancet Public Health* に掲載されたGBD研究は、204の国・地域を対象に、1990年から2023年までの20職種を推計しました。使用したデータは、人口調査1,816国年分、国勢調査82件、行政資料3,888件、科学文献96件です。職業分類を標準化したうえで、時空間ガウス過程回帰などを用いて推計しています。
2023年の主な推計は次のとおりです。
| 職種・区分 | 2023年の世界推計 |
|---|
| 医療人材20職種の合計 | 1億2,210万人 |
| 医師 | 1,510万人 |
| 看護師 | 3,320万人 |
| 助産師 | 240万人 |
| 地域保健従事者(CHW) | 760万人 |
研究は、世界の医療人材が1990年から大きく増えた一方、地域間の差が残っていると結論づけています。また、2023年の医療人材全体の68.9%が女性で、看護師は80.7%、助産師は96.0%、CHWは89.5%が女性と推計されました。
ただし、これらは推計値です。すべての国で同じ精度の名簿を数えた実人数ではなく、異なる資料を標準化し、不足する部分を統計モデルで補った値です。記事では「世界で3,320万人が登録名簿に載っている」と言い換えません。
2,390万人は、何に対して「追加で必要」なのか
新研究は、UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)の実効カバレッジ指数で80点を達成するために必要な医療人材密度を推計しました。その基準に対する追加必要数は、医師710万人、看護師・助産師2,390万人、歯科医師180万人、薬剤師160万人です。
ここで重要なのは、2,390万人が次の条件を持つ数字だということです。
- 看護師だけでなく助産師を含む
- 現在の求人欠員数や未充足ポスト数ではない
- UHC実効カバレッジ指数80という目標から逆算している
- 国ごとの人材密度と医療アクセスの関係を統計モデルで推計している
- 個別の病院が直ちに採用すべき人数を示していない
国際看護師協会(ICN)の2026年9月21日解説も、2,390万人を単なる別の不足指標として読むべきではなく、より高い医療アクセス目標を反映した数字だと説明しています。
したがって、「580万人から2,390万人へ増えた」「世界の看護師不足が4倍に悪化した」という見出しは適切ではありません。新研究は、目指す医療アクセスの水準を高く置けば、現在のシステムを前提にした不足推計より多くの人材が必要になることを示しています。
看護師3,320万人とWHOの2,980万人も「増えた人数」ではない
WHOが2025年に公表した2023年の世界の看護職員数は約2,980万人でした。新しいGBD研究は同じ2023年について看護師3,320万人と推計しています。
この差を「一年で340万人増えた」と読むことはできません。どちらも2023年を対象にしており、公表年、職業分類、データ源、欠損データの補い方が異なるからです。正しい使い方は、どちらかを誤りとして消すことではなく、資料名と定義を添えて使い分けることです。
現行の職場説明へ置き換えるなら、「看護職員数」「常勤換算」「在籍者」「夜勤可能者」「直接ケアへ入れる人」を同じ人数として扱わないことと似ています。総数が同じでも、数え方を変えると見えるものが変わります。
CHW 760万人を、日本の看護補助者へ置き換えない
新研究は、Community Health Workers(CHW)を世界で760万人と推計しました。CHWは地域に近い場所で健康支援を担う重要な人材ですが、教育、資格、業務範囲、監督体制は国や地域で異なります。
ICNは、CHWの価値を認めたうえで、登録看護師を補完する役割であり、置き換えるべきではないと主張しました。「substitution by stealth」という強い表現はICN CEOによる政策的な問題提起です。GBD研究が、CHWによる看護師代替が個々の患者へ害を与えたという因果関係を証明したわけではありません。
日本の看護補助者、介護職、医療専門職支援人材とCHWを同じ職種として扱うこともできません。日本での業務分担は、日本の法令、通知、施設手順、患者状態に沿って決めます。
ここから得られる職場選びの視点は、「支援人材がいるか」だけでなく、次を確認することです。
- 看護師に残る評価・判断・説明・監督が定義されているか
- 支援者が状態変化に気づいたときの中止・報告条件があるか
- 指示、教育、確認、手戻りの時間が配置へ反映されているか
- 欠員時に、看護師の判断まで暗黙に移していないか
詳しい確認表は、看護補助者とタスクシフトを「補完」と「置き換え」で見分ける記事で整理しています。
人材が増えても、地域差は消えていない
WHOの2026年版National Health Workforce Accountsは、医師、看護・助産、歯科、薬剤の人口1万人当たり密度が、2006年の44.8人から2025年の67.9人へ52%増えたとしています。一方、看護・助産人材の密度はWHO欧州地域がアフリカ地域の6倍です。
WHOは2030年の保健医療人材不足を1,110万人と見込み、67か国では人口の健康ニーズを維持するのに十分な人材を確保できないと説明しています。ただし、1,110万人は看護師だけの不足数ではありません。
同じWHO更新には、医師の約4人に1人が55歳を超えるという記述もあります。これは122か国の利用可能なデータにもとづく医師の年齢構成です。看護師の約4人に1人が退職間近という意味ではありません。
世界の地域差を日本へそのまま当てはめることはできませんが、「全国平均が改善しても、自分の勤務先の夜勤が安全になるとは限らない」という読み方はできます。国、地域、施設、診療科、時間帯の順に細かく見る必要があります。
世界の数字を職場選びへ変換する10の質問
人手不足という言葉だけでは、良い職場かどうかは分かりません。見学や面談では、次のように具体化します。
| 世界の論点 | 職場で確認する質問 |
|---|
| 総人数と職種構成 | 日勤・夜勤で、看護師、看護補助者、多職種はそれぞれ何人ですか |
| 欠員 | 欠員が出た日は、応援だけでなく何の業務を減らしますか |
| 看護判断 | 看護補助者・他職種へ渡さない評価・判断は文書化されていますか |
| 監督負荷 | 新人・支援者への指示、確認、教育時間を勤務量へ入れていますか |
| 安全 | 配置変更後に転倒、急変、褥瘡、インシデントをどう確認しますか |
| 休息 | 夜勤中の休憩・仮眠は、規程だけでなく実際に取れていますか |
| 教育 | 中途入職者の教育時間は勤務内に確保されていますか |
| 定着 | 退職者が出た部署へ、どのような支援と補充を行いましたか |
| 待遇 | 基本給、夜勤手当、処遇改善分をどう説明していますか |
| 発言経路 | 配置や分担に不安があるとき、上司以外にも相談できますか |
人数を答えてもらっただけで終わらず、「忙しい日にどう変えるか」まで聞くと、平常時の説明と実際の運用の差が見えます。公開できない情報があることも踏まえ、回答の有無だけで施設の良し悪しを決めつけず、複数の条件を合わせて判断してください。
「資格の価値」と「働き続けられる条件」を分ける
世界的に看護人材が必要とされていることは、看護師資格の社会的な必要性を示します。しかし、需要が高いことと、個人の賃金や働きやすさが自動的に改善することは別です。
人材不足には二つの面があります。
- 資格を持つ人の採用需要が高まり、条件交渉や職場選択の余地が生まれやすい
- 欠員を埋められない職場では、一人当たりの負担、残業、休憩未取得、教育負荷が増えやすい
「必要とされているから頑張れる」と考えるだけでは、自分の消耗を見落とします。市場価値は、給与額だけでなく、休息、教育、安全、相談経路という形で受け取れるかを確認してください。
現在の給与を同じ地域・経験年数の相場と比べるなら、給料コンパスで現在地を確認できます。世界のマクロな不足を、あなた個人の転職を急がせる根拠にはしません。まず現職と比較先の条件を数字にします。
いまの職場で行う三段階の確認
1. 一週間だけ、負荷の事実を残す
感覚だけで「人が足りない」と伝えると、管理側も対策を選びにくくなります。一週間だけでも、休憩未取得、勤務後記録、応援要請、再実施、指示・確認、入退院集中の時刻を残します。患者を特定する情報は院外へ持ち出さず、施設の記録ルールを守ってください。
2. 人数ではなく、減らす業務を相談する
増員がすぐに難しい場合でも、欠員時に止める会議、後日に回す業務、集約できる説明、他職種へ正式に依頼できる作業を整理できます。「全部をいつもどおり」は、残った職員の無理で成り立っている可能性があります。
3. 改善できない条件を比較軸にする
現職で変えられることと、配置基準、夜勤体制、教育予算、診療領域など職場を変えなければ変わりにくいことを分けます。転職を選ぶ場合も、「人手不足ではない職場」を探すより、欠員時の運用と負荷の可視化ができる職場を探す方が具体的です。
看護配置を柔軟化するときの注意は、看護配置基準の見直しを看護師側から確認する記事も参考になります。管理者向けの設計は、患者アウトカムとスキルミックスで看護配置を監査する記事で扱っています。
よくある質問
世界の看護師不足は580万人から2,390万人へ増えたのですか?
同じ指標の増加ではありません。580万人はWHO 2025の看護師不足推計、2,390万人は看護師と助産師を合わせ、UHC実効カバレッジ指数80を達成するための追加必要数です。対象職種、基準、推計方法が違います。
2,390万人は、現在空いている求人の数ですか?
違います。現在の未充足求人を合計した数字ではなく、UHC目標に必要と推計される人材密度との差です。日本の病院が同じ比率で直ちに採用すべき人数でもありません。
看護師3,320万人とWHOの2,980万人は、どちらが正しいのですか?
両者はデータ源、職業分類、推計方法が異なります。一方を単純に誤りとするのではなく、資料名と定義を添えて使います。同じ2023年を対象にしているため、差を一年間の増加数として扱うことはできません。
CHW 760万人は、日本の看護補助者の人数ですか?
違います。CHWは国や地域により教育、資格、役割、監督体制が異なります。日本の看護補助者や介護職と同一視できません。
世界的に不足しているなら、給与は自動的に上がりますか?
需要の高さは待遇改善の材料になりますが、自動ではありません。基本給、夜勤手当、処遇改善分、残業、休憩、教育時間を勤務先ごとに確認する必要があります。
海外で働けば条件は良くなりますか?
国によって資格認証、語学、ビザ、業務範囲、賃金、生活費が異なります。世界的な需要だけでは判断できません。渡航先の規制当局と雇用条件を個別に確認してください。
まとめ
2026年9月の新研究が示した「看護師・助産師が追加で2,390万人必要」という数字は、WHOの看護師不足580万人が4倍に悪化したという意味ではありません。看護師と助産師を合わせ、UHC実効カバレッジ指数80を目標にした別の推計です。
ニュースから持ち帰りたいのは、最大の数字ではありません。総人数だけでなく、職種構成、時間帯、看護師に残る判断、監督時間、休息、教育、患者安全を一緒に見る必要があるという点です。
世界の人材不足を、自分の消耗を正当化する材料にしないでください。今の職場と比較先について、誰がどの役割を担い、欠員時に何を減らし、休息と教育をどう守るかを確認することが、数字を自分の判断へ変える方法です。
参考資料
最終確認日:2026年9月22日。世界推計は、日本の個別施設の必要人数、安全性、待遇を直接評価したものではありません。職場の判断には、国内制度、勤務先の現行データと手順を優先してください。
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