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患者・家族の迷惑行為を現場任せにしていませんか?病院・訪問看護のカスハラ対策

義務化まで残りわずかです。方針の明確化、相談体制、被害者への配慮、再発防止。何を文書にし、誰に周知し、どこまで記録するかを、指針の項目に沿って点検します。

10月1日から、対応は「望ましい取組」ではなく義務になります

看護職員を雇用している病院、診療所、訪問看護ステーションの院長、事務長、看護部長、採用担当者へ。

2026年10月1日から、顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)に対する防止措置が、事業主の義務になります。根拠は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)です。あわせて、事業主が講ずべき措置の内容を示す指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が定められています。

これまで多くの医療機関で、患者さんやご家族からの暴言・威圧的な要求への対応は、現場の判断と個人の我慢に委ねられてきました。その状態を続けることが、10月以降は法令上の措置義務を果たしていない状態になり得ます。

この記事では、指針が求める措置の骨格、自院の現在地を確かめる項目、そして採用・定着への影響を整理します。

この記事で分かること

  • 2026年10月1日から何が義務になるのか(根拠法令と指針)
  • 医療機関でカスハラが起きやすい構造
  • 看護職が実際にどれだけ被害を受けているか(一次調査データ)
  • 10月までに整える項目のチェックリスト
  • 対策の有無が採用・定着にどう跳ね返るか

何が義務になるのか

改正法の施行日は令和8年10月1日です。厚生労働省の案内では、今回の改正で事業主の義務となる措置として、次の二つが示されています。

対象内容指針
カスタマーハラスメント顧客等からの著しい迷惑行為の防止措置令和8年厚生労働省告示第51号
求職者等セクシュアルハラスメント求職活動等における性的な言動に起因する問題への防止措置令和8年厚生労働省告示第52号

本記事は前者を扱います。後者(採用面接や病院見学での対応)については、別途整理が必要です。

重要なのは、対象が「顧客等」であることです。 医療機関に置き換えれば、患者さん、利用者さん、そのご家族などが該当し得ます。取引先や地域住民との関係も、実態によっては視野に入ります。

もう一つ重要なのは、防止措置の義務が事業主に課される点です。 現場の看護師個人が耐えるべき問題ではなく、施設として体制を整える義務として位置づけられました。この構図の変化を、管理職が理解しているかどうかで、10月以降の運用は大きく変わります。

医療機関は、構造的に起きやすい

一般の接客業と比べたとき、医療機関には固有の事情があります。

第一に、相手が不安と苦痛の中にいます。 病状への不安、待ち時間、治療結果への不満。感情が高ぶりやすい状況が、業務の前提として存在します。

第二に、断りにくい関係があります。 医療は生命に関わるため、「対応をやめる」という選択が簡単には取れません。この非対称性が、要求のエスカレートを許しやすくします。

第三に、密室性の高い場面が多いことです。 病室、処置室、そして訪問看護であれば利用者宅。第三者の目が届かない場所で、一対一の対応が発生します。

第四に、夜間・休日の体制が薄いことです。 応援を呼べる人数が少ない時間帯ほど、対応が個人に集中します。

これらは現場の努力で消せる要素ではありません。だからこそ、施設としてルールを決めることに意味があります。

看護職の49.3%が、この1年で被害を受けています

日本看護協会が2025年10月1日から11月12日にかけて実施した「2025年 看護職員実態調査」(会員13,633名を対象に2%層化無作為抽出、有効回答4,430名、有効回収率34.5%)に、実態を示す数字があります。

この1年間に就業先で暴力や暴言、ハラスメントを受けた経験がある看護職員は49.3%。 これはカスタマーハラスメントだけでなく、院内の相手から受けた行為も含む割合です。

被害経験者に内容を複数回答で尋ねた内訳は次のとおりです。

内容割合
精神的な攻撃76.0%
意に反する性的な言動65.4%
身体的な攻撃51.2%

被害経験者に相手を複数回答で尋ねた結果は、次のようになっています。

相手割合
患者・利用者69.3%
患者・利用者の家族25.1%
上司(看護職)43.0%
医師31.7%

この数字の読み方には、二つの注意が要ります。

一つは、患者・利用者からの割合が上昇していることです。同協会の2017年調査では患者・利用者が59.5%、患者・利用者の家族が14.4%でした。今回は69.3%、25.1%です。ただし、これは被害経験者内の複数回答であり、全看護職員の被害率ではありません。また、この調査だけで法改正との因果関係は判断できません。

もう一つは、上司(看護職)が43.0%、医師が31.7%と、院内の相手も回答されていることです。10月から義務化されるのは顧客等からの迷惑行為への措置ですが、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントの防止措置は既に事業主の義務です。複数回答なので相手別割合は足し算できませんが、顧客等への対策だけで院内ハラスメントまでカバーしたことにはなりません。

なお、この調査は日本看護協会の会員を対象としたもので、全看護職を代表するものではありません。回答者は平均43.3歳、病院勤務が84.2%、訪問看護ステーションが4.3%という構成です。

10月までに整える項目

指針が求める措置の柱に沿って、確認する項目を並べます。以下は、指針の構成を踏まえて編集部が整理したチェックリストであり、指針の条文そのものではありません。正確な措置の内容は、必ず告示本文と厚生労働省の資料でご確認ください。

1. 方針の明確化と周知

  • カスタマーハラスメントに対する施設の方針を、文書で定めているか
  • その方針を、全職員が見られる場所に掲示・配布しているか
  • 患者さん・ご家族に向けても、施設の姿勢を示しているか
  • 委託職員、派遣職員、実習生への周知経路があるか

方針は、掲げるだけでは機能しません。 現場が「これは断ってよい」と判断するための線引きが書かれているかどうかが分かれ目です。

2. 相談体制

  • 相談窓口を定め、担当者を明示しているか
  • 夜間・休日に発生したときの連絡先が決まっているか
  • 訪問先など、施設外で発生したときの連絡手順があるか
  • 相談したことで不利益を受けないことを明記しているか

訪問看護は、この項目を特に慎重に設計する必要があります。 一人で利用者宅にいる状況で何が起きたら撤退してよいのか、その判断を誰がするのか。事前に決めておかないと、判断が現場の個人に残ります。

3. 発生時の対応

  • 事実確認の手順が決まっているか
  • 被害を受けた職員への配慮(業務調整、担当変更、医療的ケアを含む)ができるか
  • 行為者への対応を誰が行うか決まっているか
  • 記録の様式があり、どこに保管するか決まっているか

記録の様式があるかどうかが、実務では大きく効きます。 様式がなければ記録は残らず、記録がなければ繰り返しに気づけません。

4. 再発防止

  • 発生した事案を、匿名化して共有する仕組みがあるか
  • 職員向けの研修を、いつ・誰に実施するか決まっているか
  • 対応した職員へのフォローの手順があるか

5. あわせて確認したいこと

  • パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントの防止措置が、既に整っているか
  • 院内の相手からの行為も、同じ窓口で受けられるか
  • 診療の継続・中止の判断基準と、カスハラ対応の関係が整理されているか

最後の項目は、医療機関に固有の難所です。 迷惑行為があったからといって、必要な医療を直ちに打ち切れるわけではありません。この線引きは施設の方針として決めておく必要があり、現場任せにできる部分ではありません。

対応の有無は、採用と定着に跳ね返ります

ここからは、採用と定着の観点です。

看護師が転職先を検討するとき、ハラスメントへの対応方針は判断材料になります。 49.3%が実際に経験しているという状況では、「自分が同じ目にあったとき、この職場は守ってくれるのか」は現実的な関心事です。

自院の採用ページにこの点が書かれているか、実際に確認してください。給与、勤務時間、教育体制だけで、迷惑行為への対応方針が見つからなければ、整備後に追加する候補になります。

義務化は、ここを整える理由になります。10月に向けて方針を作るのであれば、同じ内容を採用ページにも載せられます。 「当院は職員を守る方針を文書で定め、相談窓口を設置しています」と書けることは、条件面以外の差別化になります。

一方で、注意点もあります。方針を掲げたのに運用されていない状態は、掲げないことより信用を損ないます。 入職した看護師が、相談しても動かない窓口を経験したときの失望は大きいものです。掲載するのは、実際に動く体制ができてからにしてください。

定着の観点で見ておきたいこと

同じ調査では、看護職として働き続けたいと答えた割合が62.9%で、前回2021年調査の67.6%から低下しています。重要視されている項目の上位は、業務や役割・責任に見合った賃金、休みのとりやすさ、職場の人間関係、希望する働き方でした。

ハラスメント対応は、このうち「職場の人間関係」に直接関わります。 賃金や勤務体制の見直しには原資と時間が必要ですが、方針の明確化と相談体制の整備は、比較的短期間で着手できる領域です。

今の体制で、まず確かめること

10月まで日数が限られています。優先順位をつけるなら、次の順序が現実的です。

  1. 既存の規程を探す。多くの施設は、パワハラ・セクハラの防止規程を既に持っています。カスハラを一から作るより、既存の枠組みに追加するほうが早く進みます
  2. 相談窓口の実在を確かめる。名前だけの窓口になっていないか、担当者が現に対応できる状態かを確認します
  3. 夜間・休日・訪問先の連絡経路を決める。ここが空白のまま10月を迎えると、実際に起きたときに機能しません
  4. 記録の様式を用意する。1枚で構いません。日時、場所、相手、内容、対応、報告先が書ければ十分です
  5. 周知の場を確保する。既存の会議やメールで足ります

逆に、後回しにしてよいのは詳細なマニュアルの作成です。 分厚いマニュアルより、1枚の方針と動く窓口のほうが先に効きます。

訪問看護は、別に設計する必要があります

病院と同じ規程を訪問看護ステーションにそのまま当てはめると、実務で使えません。単独訪問という前提が違うためです。

決めておきたいのは、次の点です。

論点決めること
撤退の基準どういう状態になったら訪問を中断して退出してよいか。判断を訪問者の裁量にするか、管理者への連絡を必須にするか
連絡手段利用者宅から管理者へ連絡する方法。電話に出られない時間帯の代替
複数訪問への切替二人訪問に切り替える判断は誰が、どの情報にもとづいて行うか
担当交代特定の職員を指名した迷惑行為があった場合の担当変更の手順
契約との関係契約解除の可能性がある場合、誰がどの段階で説明するか

とくに撤退の基準は、文書にしておく価値が大きい項目です。 基準がなければ、その場に一人でいる職員が「ここで帰ったら問題になるのではないか」と考えながら判断することになります。基準があれば、判断の責任は事業所に移ります。

契約解除に関わる部分は、介護保険・医療保険の運用や利用者の状態によって扱いが変わります。ここは自院・自事業所の顧問先に確認しながら決めてください。

記録の様式は、1枚で足ります

記録が続かない理由の多くは、様式が重いことです。書くのに時間がかかる様式は、忙しい日ほど書かれません。

最低限、次の項目が埋まれば、後から傾向を見ることができます。

  • 発生日時(何時ごろか)
  • 場所(病棟・外来・利用者宅・電話など)
  • 相手の区分(患者・家族・職員・その他)
  • 何が起きたか(できるだけ発言や行動をそのまま)
  • そのとき誰がいたか
  • どう対応したか
  • 誰に報告したか
  • その後の対応(担当変更、面談、受診など)

「できるだけそのまま書く」ことが重要です。 「暴言があった」という要約より、実際の発言のほうが、後から見たときに重大性を判断できます。

記録の保管場所も決めてください。個人のメモに残ると、担当者が変わったときに消えます。あわせて、記録に含まれる個人情報の取り扱い方針も、既存の規程に沿って整理しておく必要があります。

研修は、対象を分けたほうが早い

全職員向けの一律研修を組もうとすると、日程調整だけで数か月かかります。対象を分ければ、10月に間に合わせやすくなります。

対象伝えること想定時間
管理職(師長・主任・管理者)方針、相談を受けたときの動き方、記録、被害者への配慮60分程度
全職員方針の存在、相談窓口、記録の様式、報告してよいという前提15〜20分程度
新規採用者上記に加え、入職時の説明として組み込む既存の入職時研修に追加

全職員向けは、短くて構いません。 詳しい内容より、「窓口がある」「報告してよい」の二点が伝わることが優先です。

改善の例

方針を作ったあと、それを採用側でどう見せるかの例を挙げます。以下は文面の例であり、自院の実態に合わせて書き換えてください。実態と異なる記載は避けてください。

改善前(採用ページによくある記載)

職員が働きやすい職場づくりに取り組んでいます。

これは、何をしているかが分かりません。応募者にとって判断材料になりません。

改善後(方針と体制を具体的に示す)

当院は、患者さんやご家族からの著しい迷惑行為について対応方針を文書で定めています。職員が一人で抱えないよう、相談窓口を設置し、夜間・休日の連絡先も定めています。事案が発生した場合は、担当の変更や業務調整を含めて対応します。

改善後(訪問看護の場合)

訪問先での迷惑行為について、訪問を中断して退出してよい基準を文書で定めています。判断に迷う場面では管理者へ連絡し、必要に応じて二人訪問への切り替えや担当変更を行います。

書けるのは、実際に整えた範囲までです。 相談窓口を作っていない段階で「相談体制があります」と書くと、入職後に食い違いが生じます。整った項目から順に足していく形が現実的です。

次に進めること

求人票・採用ページの記載を見直したい場合は、看護師が応募前に求人票で確認する7項目に、給与・夜勤・休日・残業・配属・教育・柔軟な働き方の書き方を整理しています。ハラスメント対応の方針は、この7項目に続く8つ目の情報として載せられます。

看護師側がハラスメントをどう受け止め、どう動いているかを知りたい場合は、看護師向けに書いた職場でハラスメントを受けたときの対応ガイドをご覧ください。相談をためらう理由や、記録の残し方が書かれています。採用側が方針を作るとき、相手がどこで不安になるかを知っておくと、書くべき内容が具体的になります。

規程・相談経路・採用ページの記載を第三者と整理したい場合は、法人向けお問い合わせから、現状の規程と10月までに決めたい範囲をお知らせください。個別の法的判断は、顧問弁護士または所管窓口に確認したうえで進めます。

よくある質問

Q. いつから義務になりますか。 A. 令和8年(2026年)10月1日です。根拠は労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号)です。

Q. 何が対象になりますか。 A. 顧客等からの著しい迷惑行為の防止措置が事業主の義務となります。具体的に講ずべき措置の内容は、令和8年厚生労働省告示第51号の指針に定められています。詳細は必ず告示本文をご確認ください。

Q. 小規模な診療所や訪問看護ステーションも対象ですか。 A. 事業主に課される義務です。規模による適用の違いについては、厚生労働省の案内および指針をご確認ください。

Q. 患者さんへの対応を断ってよいということですか。 A. 本記事は診療の継続・中止の判断について述べるものではありません。医療の提供義務との関係は施設ごとに整理が必要な事項であり、必要に応じて顧問弁護士等にご相談ください。

Q. 看護職の49.3%という数字は、どの調査ですか。 A. 日本看護協会「2025年 看護職員実態調査」です。同協会の会員13,633名を対象に2%層化無作為抽出で実施され、有効回答は4,430名(有効回収率34.5%)です。全看護職を代表する調査ではない点にご留意ください。

参考資料

  • 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
  • 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
  • 日本看護協会「2025年 看護職員実態調査」結果(2026年3月31日) https://www.nurse.or.jp/home/assets/20260331_nl02.pdf
  • 日本看護協会「ニュースリリース」 https://www.nurse.or.jp/home/about/newsrelease/

本記事は2026年8月20日時点で公表されている情報にもとづく整理です。講ずべき措置の具体的な内容は指針(告示)に定められており、自院の対応を決める際は必ず告示本文と厚生労働省の資料をご確認ください。個別の法的判断については専門家にご相談ください。