医師の指示によらない薬剤投与の公表を受けて|保管・指示・投与・監査ログを分断しない
原因が未確定な事案を個人の逸脱やダブルチェック不足で説明せず、薬剤が保管場所から患者へ届くまでの証跡と停止条件を点検します。
原因調査中の事案を、推測で教材にしない
岸和田徳洲会病院は2026年9月19日、「医療安全上の事案に関するお詫びとご報告」を公表しました。公式文書で確認できるのは、次の事実です。
- 医師の指示によらず、患者へ医薬品「プロポフォール」を投与する事案が発生した
- 病院は患者・家族へ経緯を説明し、謝罪した
- 所管保健所へ報告し、警察へ届け出た
- 事実関係と発生原因を調査・検証中である
- 調査結果を踏まえ、必要な再発防止策を講じるとしている
公式文書は、投与した人物の属性、患者の年齢、投与量、健康影響、動機、薬剤の入手経路、発生場所を公表していません。本稿でも、報道やSNSの断片を組み合わせて補いません。
原因調査前に「個人の故意」「ダブルチェック不足」「保管が甘かった」などと説明すると、誤った原因へ対策を打つおそれがあります。一方、調査結果が出るまで何もしない必要もありません。病院が今できるのは、当該事案の原因を決めつけず、薬剤が採用・保管されてから、指示、調製、投与、観察、記録、報告へ進む全工程が追跡できるかを点検することです。
本稿は、個別事案の責任や治療の妥当性を判定するものではありません。院長、医療安全管理者、医薬品安全管理責任者、薬剤部、看護部、診療部、情報部門が、既存手順を実際の証跡で確認するための監査表です。
プロポフォールの名前だけを強調しない
PMDAの医療用医薬品情報では、プロポフォール製剤は「全身麻酔・鎮静用剤」とされ、製品の電子添文には劇薬、習慣性医薬品、処方箋医薬品であることが示されています。投与時には患者の全身状態を観察しながら用量・速度を調節する記載があります。
これらは、個別患者にどう投与すべきかを本稿が指示するための情報ではありません。薬剤名、目的、指示、投与経路、速度、監視、投与後観察を分断せず扱う必要があることを確認するために参照します。具体的な使用は、最新の電子添文、院内手順、医師・薬剤師等の判断を優先します。
事案の見出しを「強力な鎮静薬が使われた」と刺激的にするだけでは、他の注射薬や内服薬の同様な弱点を見落とします。監査対象はプロポフォール一剤に限定せず、特に安全管理が必要な医薬品、緊急用薬、病棟・外来・手術室等に配置する薬剤の一連の流れです。
医療法上、必要なのは責任者・研修・手順・改善の組合せ
医療法施行規則は、病院、診療所または助産所における医薬品の安全使用のため、医薬品安全管理責任者を配置し、従業者への研修、業務手順書の作成と手順に基づく業務の実施、情報収集と改善方策を行わせることを定めています。
つまり、監査で見るべきなのは「マニュアルがあるか」だけではありません。
| 必要な要素 | 監査する証跡 |
|---|---|
| 責任者 | 任命、権限、代行者、定期報告先 |
| 研修 | 対象者、内容、実施日、欠席者対応、理解確認 |
| 手順書 | 現行版、改定日、承認者、部門別の例外 |
| 実施 | 指示、調製、投与、記録、照合の実データ |
| 情報収集 | 電子添文、安全性情報、院内事例の確認 |
| 改善 | 対策、責任者、期限、再監査、効果確認 |
手順書の存在と現場の実施が一致しない場合、職員個人へ再教育するだけで終えず、画面、保管、権限、勤務、例外運用が手順どおり実行可能かを確認します。
薬剤の流れを八つのゲートに分ける
厚生労働省「医薬品の安全使用のための業務手順書」作成マニュアル(改訂版)は、採用、購入、管理、供給、外来・入院患者への使用、事故対応、教育など、医薬品の流れを幅広く扱っています。自院監査では、次の八つへ分けると証跡を追いやすくなります。
1. 採用・配置
- どの診療・処置のために採用しているか
- どの部門へ、どの規格を、何本配置するか
- 類似名称・外観・規格、取り違えリスクを評価したか
- 使用頻度が低い部門へ常置する必要があるか
- 採用変更を手順・システム・研修へ反映したか
採用薬一覧と、実際の保管場所一覧を突合します。薬剤部の帳簿にあっても、部門移動や臨時配置が記録されていなければ、院内の所在を追えません。
2. 保管・アクセス
- 保管場所、鍵、認証、開閉権限は適切か
- 勤務帯・職種・役割ごとにアクセス権を設定しているか
- 緊急時の例外アクセスと、事後確認を定めているか
- 持出し、返却、廃棄、破損、期限切れを記録しているか
- 定数と実在庫をどの頻度で照合するか
施錠の有無だけでは不十分です。誰が、いつ、何の目的でアクセスし、その後の指示・患者・投与記録と結び付くかを確認します。電子錠や自動払出機がない施設でも、署名、払出記録、定数差異の確認方法を定められます。
3. 処方・指示
- 患者、薬剤名、規格、量、経路、時間、速度等を一つの指示として確認できるか
- 指示の発行者、発行時刻、変更・中止履歴が残るか
- 口頭・緊急指示を許容する条件と、復唱・事後入力を定めているか
- 指示がない、曖昧、矛盾する場合に止める連絡先があるか
- システム停止時の紙運用と、復旧後の転記・照合を定めているか
厚生労働省のICU安全管理指針は、緊急時に口頭で投薬指示を行う場合、医師と調製者等が薬剤、量、経路、時間、間隔、速度などを確認し、事後速やかに記録する考え方を示しています。これは個別施設の全場面へ一律適用する指示ではありませんが、例外時ほど確認項目と記録が必要という設計の参考になります。
4. 調製・受渡し
- 調製する人が、患者と現行指示を直接確認できるか
- ラベルに患者、薬剤、規格・濃度、調製時刻、調製者等をどう表示するか
- 薬剤名のない注射器や容器を残さない運用か
- 調製後に担当者が変わる場合、何を対面・記録で渡すか
- 未使用、部分使用、返却、廃棄をどう扱うか
「誰かが用意したもの」を別の職員が投与する場面は、指示から投与までのつながりが切れやすくなります。ラベルと受渡し記録だけでなく、投与直前に現行指示へ戻れることを確認します。
5. 投与直前照合
- 患者識別と指示を、どの画面・記録で照合するか
- 薬剤、目的、量、経路、時刻、速度、禁忌・アレルギー等をどう確認するか
- 指示変更・中止が投与画面へ反映されるまでの遅延はないか
- バーコード等のアラートを回避できる条件と履歴を確認しているか
- 照合できないとき、誰が中止を支持するか
ダブルチェックは手段の一つであり、二人が同じ誤った画面を見るだけでは防止になりません。二人で確認する場合も、それぞれが何を独立して確認するかを定めます。
6. 投与中・投与後の観察
- 薬剤・患者状態に応じた観察項目と記録場所があるか
- 変化時の中止・緊急連絡・応援要請条件があるか
- 投与者と観察者の役割をどう分けるか
- 部門移動や勤務交代時に、投与状況をどう引き継ぐか
- 投与終了、残量、廃棄、患者反応が追跡できるか
具体的な観察内容や対応は薬剤、患者、使用目的で異なります。電子添文と院内手順を使い、記事から一律の監視方法を作りません。
7. 記録・在庫・システムログの突合
個別の記録を別々に監査するだけでは、工程間の断絶を見つけにくくなります。少数のサンプルについて、次を同じ時間軸へ並べます。
- 在庫からの払出し・持出し
- 医師の指示と変更履歴
- 調製・受渡し
- 患者認証・投与記録
- 観察記録
- 返却・廃棄・残量
- アラート回避・例外操作
一致しない場合に、直ちに不正や個人責任と決めつけません。時刻同期、後入力、システム連携、例外時の紙記録、業務中断などの原因を確認します。一方、差異を「記録漏れ」で閉じず、患者安全上の影響とアクセス権の妥当性を評価します。
8. 異常発見・報告・調査
- 指示のない薬剤、所在不明、在庫差異、記録不一致を見つけたときの報告先
- 患者状態の評価を最優先にする連絡経路
- 医療安全、医薬品安全管理、管理者、関係部門への共有条件
- 記録・ログ・物品を保全し、勝手に修正しない手順
- 患者・家族への説明責任と、確認済み・未確認事項の分離
- 外部報告・相談の要否を誰が判断するか
現場職員が一人で事実関係を調べ、関係者へ問い詰める運用は避けます。患者安全確保と正式な報告を先に行い、調査権限と情報管理を明確にします。
「ダブルチェックを徹底する」で終わらせない
再発防止策としてダブルチェックを追加すると、業務量が増え、形だけの確認になることがあります。対策を決める前に、どの失敗モードを減らすのかを明示します。
| 失敗モード | 対策候補 | 効果確認 |
|---|---|---|
| 無指示でも薬剤へアクセスできる | 権限・配置・例外アクセス・ログの見直し | 指示のない持出し、例外操作、在庫差異 |
| 中止・変更が伝わらない | 現行指示を一か所で確認、変更通知、投与直前再照合 | 中止後投与、照合エラー |
| 調製後に薬剤が不明になる | ラベル、受渡し、未使用薬の返却 | 無表示容器、受渡し不明 |
| 異常を言い出せない | 即時報告経路、報告者保護、管理者以外の窓口 | 発見から報告までの時間 |
| 対策が守れない | 勤務・業務量・画面・物理配置の改善 | 手順逸脱理由、現場観察 |
二人確認が有効な工程でも、対象薬、独立確認項目、例外、記録、必要時間を設計します。「全薬剤を二人で見る」のような一律対策は、リスクの高い工程へ注意を集中できなくする可能性があります。
72時間と30日で分ける改善計画
最初の72時間
- 患者安全と必要な診療・説明を優先する
- 当該薬剤・場所・時間帯のアクセスと在庫を確認する
- 指示、記録、ログ、物品を保全する
- 調査責任者、情報共有範囲、外部連絡の判断者を決める
- 同じ条件が残っている場合の暫定措置を行う
- 事実、未確認、推測を分けた院内周知を行う
暫定措置は「原因が確定した対策」ではありません。対象、開始日、解除条件、再評価日を明記します。
30日以内
- 工程ごとの事実関係と寄与要因を整理する
- 人、手順、環境、システム、勤務、教育を分けて対策する
- 手順書、権限、画面、保管、研修を更新する
- 患者・家族、職員へ必要な説明とフィードバックを行う
- 対策後のサンプル監査と現場観察を行う
- 未解決事項、次回監査日、責任者を経営会議へ報告する
期間は運用例であり、個別事案の法定期限を示すものではありません。重大性や外部機関との調整に応じて、より早い対応や長期検証が必要です。
経営会議で見る指標
インシデント報告件数が減ったことだけを安全改善としません。報告文化が悪化すると件数は減るためです。
- 指示から払出し・投与・記録まで追跡できた割合
- 在庫差異と解消までの時間
- 例外アクセス、アラート回避、後入力の件数と理由
- 投与直前照合が完了しなかった理由
- 異常発見から患者評価・報告までの時間
- 暫定措置の未解除項目
- 手順改定後の理解確認と現場実施率
- 再発事象だけでなく、類似の弱点を先に発見できた件数
件数を部署や個人の単純な順位に使わず、工程の改善と資源配分に使います。報告したことで不利益を受ける運用があれば、正確なデータは集まりません。
職員への説明は「原因が分かったふり」をしない
原因調査中の院内説明では、次の順に分けます。
- 確認できた事実
- 患者安全のために実施したこと
- 現在調査している範囲
- 暫定的に変更する運用
- 異常を見つけた場合の報告先
- 次回更新時期
個人名、患者情報、捜査・調査情報を必要以上に共有しません。一方、「調査中なので何も話せない」で終わると、現場は噂で空白を埋めます。確認済みの範囲と、まだ言えない理由を分けて伝えます。
患者・家族への説明は、組織の責任者と医療安全部門が、個別状況に沿って行います。本稿の表現をそのまま説明文として使わないでください。
既存の安全文化と立入検査の点検へ接続する
薬剤管理の弱点は、薬剤部だけで完結しません。報告した職員へのフィードバック、委員会の改善、手順改定が現場へ戻る安全文化が必要です。看護師側から職場の報告体制を見るポイントは、安全文化・報告体制が整った職場の見極め方で整理しています。
また、立入検査で確認される医薬品管理、手順書、研修等の観点は、病院立入検査の低適合10項目も参照してください。立入検査に通ることと、実際の工程が安全に機能することを同一視せず、実データの突合を追加します。
よくある質問
今回の事案は、誰が何のために行ったのですか
病院の2026年9月19日付公式発表は、個人属性、動機、投与量、入手経路等を公表していません。原因は調査・検証中です。本稿では推測しません。
患者への健康影響はなかったのですか
公式発表は、患者への健康影響を記載していません。外部報道だけを使って「影響なし」「重篤」と断定しません。
まず全薬剤を施錠すればよいですか
保管とアクセスは重要ですが、薬剤の種類、緊急性、部門運用に応じた設計が必要です。施錠だけでなく、権限、持出し記録、現行指示、投与記録、在庫差異、例外アクセスをつなげて監査します。
ダブルチェックを追加すれば再発を防げますか
ダブルチェックは特定工程で有効になり得ますが、何を独立して確認するか、時間と人員を確保できるか、原因となる失敗モードに合っているかが必要です。原因調査前に一律追加して完了とはしません。
職員が指示のない薬剤や在庫差異を見つけたらどうしますか
患者安全の確保と院内の緊急・医療安全報告手順を優先し、上長、医師、医療安全、医薬品安全管理等の定められた経路へ連絡します。個人で調査や記録修正をせず、現行手順に沿って証跡を保全します。
次の一手
薬剤管理・投与監査フローの整理を相談するでは、採用・保管・アクセス・指示・調製・投与・観察・記録・報告を一つの時間軸へ並べ、証跡、例外、停止条件、再監査日を整理します。個別事案の責任判断、捜査、法的評価、患者の診療判断は、当該施設、行政・警察等の関係機関、専門家の正式な調査を優先してください。
参考資料
- 岸和田徳洲会病院「医療安全上の事案に関するお詫びとご報告」(2026年9月19日)
- 厚生労働省「医療法施行規則」
- 厚生労働省「医薬品の安全使用のための業務手順書」作成マニュアル(改訂版)
- 厚生労働省「集中治療室(ICU)における安全管理指針」
- PMDA「プロポフォール 医療用医薬品情報」
- 日本医療機能評価機構「医療安全情報」
最終確認日:2026年9月22日。公表事案の原因は調査中です。公式発表にない個人属性、患者状態、投与量、動機、入手経路を推測しません。