患者安全の研修をやり切っても、退院後の問い合わせが減らないのはなぜか|引き継ぎを一工程だけ測り直す
受講率が上がっても、退院後に「あの検査結果はどうなりましたか」という電話が減らないことがあります。研修の次に着手する対象を、工程を一つに絞って決める考え方をまとめます。
WHOが示したのは行動提案であり、新しい法的義務ではありません
病院、クリニック、訪問看護ステーションの経営者、看護部門の責任者、地域連携・退院支援の担当者へ向けた記事です。扱う論点はひとつで、患者安全の取り組みを研修の次へ進めるとき、最初に測り直す工程をどこに置くかに絞ります。
世界患者安全の日は毎年9月17日で、2026年のテーマとして掲げられたのは非感染性疾患の安全なケアでした。同キャンペーンの行動提案ページには「Stay informed. Stay engaged. Stay safe.」というキーメッセージとともに、対象別の行動提案が掲載されています。医療施設の管理者向けには4項目が挙げられ、そのうちの一つが、職種と医療提供の場をまたいで、引き継ぎ・紹介・退院の標準化された手順を確立することです。
先に一点はっきりさせておきます。これは国際機関による提案であって、日本の法令上の新しい義務が発生したという発表ではありません。診療報酬の算定要件や立入検査の項目が変わったわけでもありません。期限のある届出も、提出物もありません。したがって、対応の要否と範囲は各施設が判断できます。逆にいえば、記念日に合わせて研修を1回実施したことをもって取り組みが完了したと整理してしまうことも、制度上は可能です。この記事はその手前で止まらないための材料を扱います。
なお、行動提案ページの原文は英語で、本稿の日本語は編集部による要約です。当該ページの公開日は表示を確認できなかったため未確認としています。
施設管理者向けの4項目を、自施設の決め事に置き換える
提案をそのまま掲示しても、翌日の業務は変わりません。4項目それぞれについて「自施設では何が決まっていれば満たしたことになるのか」を先に言語化します。
| WHOの提案(編集部による要約) | 自施設で決めること | 決まっているかを確かめる問い |
|---|---|---|
| 安全基準を厳格に運用し、主要な危害の原因に対処する手順を定めてケアを標準化する | 対象とする危害を何に絞るか、手順書の改訂責任者と改訂周期 | 直近1年で改訂された手順は何件あり、改訂の起点は何だったか |
| 引き継ぎ・紹介・退院について、職種と施設をまたいで標準化された手順を確立する | 標準化する工程の範囲、渡す情報の項目、渡し終えたと判定する条件 | 「渡した」ことの記録は、誰が・いつ・何を渡したかまで残っているか |
| 研修、資源、支援的な労働条件を提供し、職員間のチームワークと率直な意思疎通を促す | 研修の対象者と時間の確保、情報を探す作業にかかる時間の扱い | 引き継ぎ書類の作成時間は勤務時間内に確保されているか |
| 安全文化を確立し、医療者と患者による報告を促し、当事者の経験を改善に用いる | 報告を受ける窓口、報告後に何を変えたかを戻す経路 | 報告した職員へ、その後の変更点が返っているか |
4項目のうち、当編集部が最初の着手先として勧めるのは2行目です。理由は単純で、成否を外形的に確認できる唯一の項目だからです。安全文化や労働条件の改善は方向としては正しくても、着手から検証までの期間が長く、途中で何が変わったのか判定しにくくなります。引き継ぎは違います。渡した情報が受け手に届いたかどうかは、照会の有無という形で1か月以内に観測できます。
全工程を一度に標準化せず、対象を一工程に絞る
引き継ぎ・紹介・退院をまとめて標準化しようとすると、様式の統一と関係部署の合意だけで数か月かかります。その間、現場の手順は何も変わりません。
そこで対象を、退院(または他院への紹介)から、次に患者が医療者と接する時点までの一工程に絞ります。この区間を選ぶ理由は三つあります。
- 受け手が施設の外にいるため、情報が届かなかったことが照会や問い合わせという形で表に出る
- 関係する職種が退院支援、病棟、外来、地域連携に限られ、合意形成の相手が少ない
- 非感染性疾患のように治療が長く続く患者ほど、この区間を何度も通過する
ここでいう受け手は、紹介先の医療機関、かかりつけ医、保険薬局、訪問看護ステーション、入所施設、そして本人とご家族です。院内の記録がどれだけ整っていても、受け手が使える形で届いていなければ、その工程は完了していません。判定の基準を「送付した」ではなく「受け手が使えた」に置き換えるところが出発点になります。
在宅・看取りの場面における連携の論点は、令和9年度介護報酬改定の検討論点をまとめた記事で扱っています。制度側の議論と、本稿の運用設計は別に進められます。
基準値として取る4つの数(編集部の実行案)
改善の前に、現状の数を持ちます。以下はWHOが指定した指標ではなく、当編集部が観測可能性だけを基準に選んだ実行案です。公的な標準値や目標値は確認できていません。
| 取る数 | 取り方 | 分かること |
|---|---|---|
| 情報不足の発生回数 | 受け手から「記載がない」「読み取れない」と指摘された件数を、対象工程の退院・紹介件数で割る | 様式の項目不足か、記入の運用の問題かを切り分ける起点 |
| 照会の件数 | 退院・紹介後に、受け手から自施設へ問い合わせが入った件数 | 渡した情報が受け手の判断に足りているかの外形的な指標 |
| 照会1件あたりの所要時間 | 受けた職員が、記録を探して回答するまでの実時間。記録を開いた回数も併記する | 照会対応が誰の時間を使っているかを可視化する |
| 未完了件数 | 退院時に「確認中」「結果待ち」のまま残り、期限内に解消されなかった件数 | 工程の出口で切れている項目を特定する |
2週間から1か月、対象を一つの病棟や一つの疾患群に限って記録すれば足ります。全件を対象にすると集計自体が新しい負担になり、続きません。
この4つは改善効果を示す数ではなく、着手先を決めるための分母です。たとえば照会件数が少なくても所要時間が長いのであれば、様式ではなく記録の探しにくさが論点になります。逆に件数が多く1件あたりが短いのであれば、様式の項目を増やすほうが先です。同じ「照会が多い」でも、打ち手は変わります。
受講率だけを管理すると、見えなくなるもの
患者安全の取り組みを研修の実施回数と受講率で管理している施設は少なくありません。受講率は集計が容易で、対外的にも説明しやすい数です。
一方で、受講率が示さないものが二つあります。一つは、渡した情報を受け手が使えたか。もう一つは、情報を探し直す作業に職員が使っている確認の負担です。どちらも受講率が100%でも増減しうるため、研修を続けている限り改善が進んでいるように見えてしまいます。
受講率をやめる必要はありません。上の4つの数を並べて置き、研修の前後で動いたかを見ます。動かなければ、対象となる工程の設計そのものに論点があるということです。
AI・生成AIの導入で引き継ぎ文書の作成を支援する方法もありますが、これは本稿の対象工程とは独立した検討事項です。導入の有無にかかわらず、渡す項目と完了の判定条件は先に決める必要があります。評価設計の考え方は看護サマリ生成AIの評価方法の記事にまとめています。
30日で取れる範囲
- 第1週:対象工程を一つ決め、退院支援・病棟・外来・地域連携の担当者で「渡し終えたと判定する条件」を書き出す。判定条件が部署ごとに違えば、それが最初の論点です
- 第2週:4つの数の記録様式を決める。既存の照会記録に列を足すだけで足ります
- 第3〜4週:記録を続け、件数の多い項目と所要時間の長い項目を並べる
30日後に出るのは改善結果ではなく、着手先の順位です。そこから様式改訂、記録の置き場所、受け手への渡し方のどれに手を付けるかを決めます。
引き継ぎ工程の棚卸し、記録様式の設計、部署間の役割分担について外部に相談先をお探しでしたら、お問い合わせフォームから状況をお知らせください。臨床上の判断や、個別患者の診療内容に関する助言は行いません。対応できるのは業務工程と記録・情報連携の設計までです。
この記事の確認範囲
- 確認日:2026年9月18日
- 確認主体:はたらく看護師さん編集部
- 確認できたもの:WHO世界患者安全の日2026の行動提案ページに掲載された、医療施設の管理者および政策決定者向けの行動提案
- 未確認:当該ページの公開日は表示を確認できませんでした。日本語訳は編集部による要約で、公式訳ではありません
- 未確認:本稿で挙げた4つの数について、公的な基準値・目標値は確認できていません。測定による改善効果も実測していません
本稿はWHOの提案内容の紹介と、業務工程・記録設計の整理に限定しています。個別患者の診療方針、退院時期、紹介先の選定に関する判断には使用しないでください。
参考資料
- WHO World Patient Safety Day 2026 Calls to action and key messages(公開日未確認、2026年9月18日確認)