「またこの季節か」と、ナースステーションで思っている方へ
5月下旬の昼下がり、病棟で動き回りながら「もう汗が止まらない」と感じている方は少なくないはずです。空調の効きが弱い廊下、エプロン・マスク・手袋を着けたままの個室対応、夜勤明けで頭がぼんやりしたまま帰宅する朝、訪問看護で利用者宅と利用者宅の間を移動する蒸し暑い昼間、そして救急外来に運ばれてくる熱中症疑いの高齢患者。看護師にとって夏は、自分自身の体調管理と、患者・利用者の熱中症対応を、同時に背負わなければいけない季節です。
総務省消防庁の集計では、2024年5月から9月に熱中症で救急搬送された人は全国で97,578人と過去最多となり、うち65歳以上が57.4%を占めました(Source: 総務省消防庁「令和6年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況」確定値、令和6年10月29日公表)。一方、職場で起きた熱中症の死傷者数(休業4日以上)も令和7年速報値で1,681人と過去最多を更新しており、前年比約4割の大幅増となっています(Source: 厚生労働省「令和8年『STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン』実施について」、2026年公表)。患者の搬送が増える一方で、医療者自身が倒れている時代でもあります。
そして2025年6月、職場の熱中症対策は罰則付きで事業者の義務になりました。労働安全衛生規則の改正(令和7年6月1日施行)により、WBGT28以上または気温31度以上の環境で連続1時間以上または1日4時間を超える作業を行わせる事業者は、熱中症が疑われる従業員の報告体制と、悪化を防ぐための措置手順を、事業場ごとにあらかじめ定めて関係者に周知することが義務になりました。違反すれば6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象です(Source: 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」厚生労働省令第57号、令和7年4月15日公布・令和7年6月1日施行)。
この記事は、ニュースで「猛暑」と聞くたびに自分の職場の準備が気になる看護師さんに向けて、義務化された対策の中身、病棟・夜勤・防護具・訪問看護・患者対応の5側面で何が変わるのか、今の職場で確認すべき項目、そして「今年も無理して耐える」のではなく「制度として変える」ために何ができるかを、現場目線で整理するものです。
この記事でわかること
この記事は、職場の暑熱環境に違和感を抱きながら夏を迎える看護師さんに向けて書いています。
この記事の価値:2025年6月施行の労働安全衛生規則改正と令和8年度の厚生労働省ガイドラインを踏まえ、看護師特有の労働環境(夜勤・防護具・訪問移動・患者対応)で何が職場の義務となり、何を自分で確認すべきかが分かります。
読むと判断できること:自分の職場が熱中症対策を制度として整えているか、それとも「気合いで乗り切れ」になっているか。倒れる前に上司・看護部・労務担当に確認したいこと。患者の熱中症評価で押さえるべき看護師の責務。
次にできること:5項目チェックリストで職場の準備状況を点検し、看護管理者・労務担当に確認を入れる準備が整います。必要なら看護師向けの相談窓口や、暑熱対策が制度化されている職場の比較も視野に入ります。
読むポイントは7つです。
- 2025年6月施行の労働安全衛生規則改正で職場熱中症対策が罰則付きで義務化された経緯
- WBGTと気温の基準値、看護師の職場でどこが「対象作業」になるか
- 病棟・外来・夜勤・ICU・手術室・透析・訪問看護・在宅看護で異なる熱中症リスク
- 防護具(PPE)着用時の体温上昇と、感染対策との両立
- 患者の熱中症対応における看護師の責務(高齢者・小児・精神科入院患者の評価)
- 倒れる前に確認すべき5項目チェックリストと、5つの典型パターン診断
- 転職で解決しやすい暑熱環境と、しにくいこと
読後には、「我慢して乗り切る」から「職場の制度として確認する」へ、視点を切り替える材料が手に入ります。
判断材料になる一次情報
この記事は、以下の一次情報をもとに整理しています。記事内の数字や制度説明は、原則として下記の出典に基づきます。
この記事で確認したいポイントは、次の通りです。
職場熱中症対策は2025年6月から罰則付きで事業者義務になっており、看護師の職場も例外ではない。ただし、対策が制度として整っているか、現場に丸投げになっているかは、施設ごとに大きく違う。
制度情報で重要なのは、「義務化された」と「自分の職場で運用されている」は別だという点です。違反時の罰則だけが目立ちますが、看護師個人の安全を守るのは、職場の運用設計と、自分自身が確認に動けるかどうかです。
2025年6月、職場の熱中症対策は罰則付きで「事業者の義務」になった
これまで職場熱中症対策は、厚生労働省の通達や「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」を中心とした行政指導ベースで進んでいました。しかし2025年4月15日、厚生労働省は労働安全衛生規則の一部を改正する省令(厚生労働省令第57号)を公布し、2025年6月1日から施行しました(Source: 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」)。
改正の柱は、労働安全衛生法第22条第2号(高温による健康障害の防止)に基づき、職場における熱中症のおそれのある作業について、事業者に次の2項目を義務付けるものです。
- 報告体制の整備と周知:熱中症の自覚症状がある作業者、または熱中症のおそれがある作業者を見つけた者がその旨を報告するための体制を、事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に周知すること
- 悪化防止措置の手順整備と周知:作業からの離脱、身体の冷却、医師の診察など熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容や実施手順を、事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に周知すること
対象となる作業は、WBGT28以上または気温31度以上の作業場で、継続して1時間以上または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるものです(Source: 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」)。違反した場合、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象となります(Source: 同省令、労働安全衛生法第119条適用)。
つまり、看護師さんの職場が「夏は暑いね」で済ませてきた領域は、もう法的に「事業者があらかじめ手順を整えておく」義務の領域に変わったということです。
WBGTと気温の基準、看護師の職場で対象になる作業
ここで「WBGT28以上または気温31度以上」「連続1時間以上または1日4時間超」と聞いて、自分の職場に当てはまるかが分かりにくいと思います。順を追って整理します。
WBGT(暑さ指数)の区分
環境省の日常生活に関する指針では、WBGTの危険度区分は次のように定められています(Source: 環境省「熱中症予防情報サイト」暑さ指数(WBGT)について)。
- 注意:25未満
- 警戒:25以上28未満
- 厳重警戒:28以上31未満
- 危険:31以上
「厳重警戒」(28以上31未満)に入ると、激しい運動や長時間の屋外活動は控えるよう推奨されます。WBGT28という閾値が、労働安全衛生規則改正で対象作業の境界線として採用されたのは、この厳重警戒ラインを基準にしているからです。
看護師の職場で対象作業に該当しうる場面
「対象作業」と聞くと建設現場や工場をイメージしがちですが、看護師の職場でも次のような場面が該当する可能性があります。
- 訪問看護・在宅医療:真夏の屋外移動(バイク・自転車・徒歩)、空調のない・効きが弱い利用者宅での入浴介助や処置
- 病棟:空調が局所的に効かないエリア(廊下、リネン室、汚物処理室、地下倉庫、配膳室)での連続作業
- 手術室:滅菌ガウン・サージカルマスク・キャップ・フェイスシールド着用での長時間立位手術
- 救急外来:感染防護具(PPE)着用での発熱患者・搬送患者対応が断続的に続く時間帯
- 透析室:機械熱と人体熱が重なる空間での長時間モニタリング
- 回復期・療養型:旧築・空調更新が遅れた建物での日中業務
- 保育所・学校等の看護師:屋外活動付き添い、プール監視
施設管理者は、これらの場所でWBGT値を実測し、対象作業に該当するかを判断する必要があります。「うちは病院だから対象外」という思い込みは通用しません。
訪問看護はとりわけ対象になりやすい
訪問看護スタッフは、ほぼ確実に「対象作業」に該当する可能性が高い職種です。一般社団法人全国訪問看護事業協会は2026年4月、厚生労働省からの「令和8年度における熱中症対策について(協力依頼)」を全国の訪問看護事業所に周知しました(Source: 一般社団法人全国訪問看護事業協会「令和8年度における熱中症対策について(協力依頼)」2026年4月2日掲載)。
訪問看護の現場では、屋外移動の総時間が1日4時間を超えることが珍しくなく、利用者宅の入浴介助は高湿度・高温になりやすい代表的な業務です。事業所側の義務として、報告体制整備・悪化防止手順整備・スタッフへの周知が法的に求められる状況です。
病棟・夜勤・PPE・訪問看護・患者対応の5側面で何が変わるか
法令の話だけだと現場の景色とつながりません。看護師の労働環境別に、何が変わるのか、自分の職場で何を見るべきかを整理します。
1. 病棟・外来:空調設計と「効いていないエリア」の可視化
病棟は基本的に空調が整備されていますが、空調の効きにムラがあるエリアが必ずあります。廊下の端、リネン室、配膳室、汚物処理室、ナースステーション奥、地下倉庫、夜間照明の落ちた共用部。これらは、患者・家族の動線優先で設計されている空調から外れがちです。
職場での確認ポイントは、WBGT計の設置場所と読み取り頻度です。ナースステーションだけでなく、上記の「効いていないエリア」にWBGT計(または温湿度計)を置き、ピーク時間帯(昼食時・夕方・朝の引き継ぎ時)にWBGTを実測する運用があるかが鍵です。
2. 夜勤:仮眠室の空調と、シフト前後の体調管理
夜勤帯は気温自体が下がる時間帯ですが、看護師にとっての熱中症リスクは仮眠室の空調設定と、夜勤前後の体調管理です。日本看護協会の夜勤・交代制勤務に関するガイドラインは、夜勤中の十分な休憩・仮眠を勤務環境の要素として重視しています(Source: 日本看護協会「看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」)。
夜勤前に屋外活動や日中の通勤で既に体内に熱がこもった状態で入ると、夜勤中に脱水・頭痛・集中力低下が起きやすくなります。仮眠室の空調が止まっている、就寝中に冷気が止まる設定になっている、仮眠時間そのものが確保できていない、という現場は注意が必要です。
3. PPE(個人防護具):感染対策と熱中症対策の両立
新型コロナ流行以降、看護師は感染防護具(マスク・ガウン・フェイスシールド・手袋)の長時間着用が当たり前の業務になりました。PPE着用時の体温上昇・発汗・熱放散の妨げは、暑熱環境では熱中症リスクを大きく上げます。
職場での確認ポイントは、PPE着用作業の継続時間制限と、休憩時の脱衣・水分補給ルールが文書化されているかです。「感染対策のため脱げない」と現場で言われ続けることがあれば、感染管理担当者と労務担当者を交えて手順を整理する必要があります。クールベスト・冷却タオル等の支給状況も確認しましょう。
4. 訪問看護・在宅医療:屋外移動と利用者宅作業
訪問看護スタッフにとって、屋外移動は労働時間の一部です。バイク・自転車・徒歩での移動が連続する時間帯、入浴介助の高湿度作業、訪問先で空調が止められている・効きが弱い利用者宅。事業所には次の整備が求められます。
- 訪問前のWBGT・気温チェックを日次運用する
- 訪問ルートと所要時間を見直し、ピーク時間帯の屋外移動を削減する
- 入浴介助の時間短縮や、高温日の入浴介助をシャワー代替に切り替える判断基準を持つ
- スタッフが熱中症の自覚症状を訴えたとき、訪問を一時中止して連絡できる体制(事業所への報告ライン、代替訪問者の確保)
- スタッフへの冷却グッズ(保冷剤・冷感タオル・スポーツドリンク等)支給
これらが「気を付けてね」レベルの口頭指示で終わっている事業所は、改正法令に照らせば不十分です。
5. 患者対応:高齢者・小児・精神科入院患者の熱中症評価
看護師は、自分自身が倒れないことと並行して、搬送・入院・通院してくる患者の熱中症評価と対応を担います。日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2024」では、熱中症の重症度をI度(軽症:めまい・立ちくらみ・筋肉痛)、II度(中等症:頭痛・嘔吐・倦怠感)、III度(重症:意識障害・痙攣・肝腎機能障害・血液凝固異常)に分類し、II度以上は医療機関での治療を要するとしています(Source: 日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」)。
看護師の業務として押さえたい観察項目は次の通りです。
- 意識レベル:JCSまたはGCSで評価。意識障害があればIII度を疑う
- 深部体温:腋窩温だけでなく、直腸温・膀胱温・食道温で測定(皮膚温は当てにならない)
- 循環:脈拍、血圧、皮膚温・湿潤度、CRT(毛細血管再充満時間)
- 電解質・腎機能:Na、K、Cl、BUN、Cr、CKの確認
- 凝固機能:DICの早期検出(PT-INR、D-dimer、FDP、Plt)
- 既往と内服:糖尿病、高血圧、利尿薬・降圧薬・向精神薬使用歴
特に注意したいのは、認知症・精神科入院・小児・乳幼児・人工呼吸器装着患者・寝たきり患者などの「自覚症状を訴えられない患者群」です。これらの患者は、自分から「暑い」「水が欲しい」と言えないため、看護師の観察と環境調整が直接予後を左右します。室温・湿度の定時記録、水分摂取量の管理、補液指示の調整、シーツ・寝衣の見直しが看護記録に残されているかが、施設の安全文化を映します。
倒れる前に確認したい5項目チェックリスト
「うちの職場は対策できているのか」を点検する5項目です。看護管理者・労務担当・産業医・衛生委員会のいずれかに、毎年5月までに確認するルートを持っておきましょう。
- [ ] 項目1:WBGT計または温湿度計の設置場所と、読み取り頻度・記録方法が、文書化されているか
- [ ] 項目2:熱中症の疑いを訴えるルート(誰に、どの連絡手段で、どのタイミングで報告するか)が、新人含め全スタッフに周知されているか
- [ ] 項目3:熱中症が疑われたときの初期対応手順(涼しい場所への移動、衣服を緩める、冷却部位、水分・電解質補給、医療機関受診基準)が、事業場ごとに文書化されているか
- [ ] 項目4:PPE着用時の継続作業時間制限・休憩ルール・水分補給機会が、感染管理担当と労務担当の合意で運用されているか
- [ ] 項目5:暑熱順化期間(夏の最初の1~2週間の段階的負荷増加)への配慮や、配置転換直後・長期休暇明け・新人配属時の特別配慮が、勤務表設計に反映されているか
5項目すべてが「はい」と答えられる職場は、改正労働安全衛生規則の趣旨を実装できていると考えられます。「いいえ」が複数ある場合は、衛生委員会・労務担当・看護部長に文書で確認するのが現実的です。
看護師の熱中症リスク5パターン診断
「自分は今年どこに当てはまるか」を確認するための5パターンです。
パターン1:屋外移動型(訪問看護・在宅医療・訪問入浴)
連続する屋外移動、利用者宅の空調差、入浴介助の高湿度。職場の屋外移動時間が1日4時間を超えるなら、改正労働安全衛生規則の対象作業に該当する可能性が高い。事業所の対策整備状況を年度初めに必ず確認すべきパターンです。
パターン2:PPE長時間着用型(救急外来・感染症病棟・手術室・透析室)
PPE着用の連続時間が長く、脱衣・水分補給のタイミングが業務に組み込まれていない。感染対策担当と労務担当の合意で「PPE着用時の休憩ルール」が文書化されているか確認。クールベスト・冷却タオル等の支給状況も合わせて。
パターン3:旧築建物・空調ムラ型(療養型・回復期・地域包括ケア・古い病棟)
空調更新が遅れた建物、効きが偏るエリア、午後に温度が上がる西日エリア。WBGT計の設置位置と読み取り頻度を確認。空調更新計画が経営会議で議題になっているかも要チェック。
パターン4:夜勤多回・睡眠不足型(病棟夜勤・三交代)
夜勤前後の体調管理が個人任せになっており、仮眠室の空調・寝具・遮光・遮音が整わない。夜勤と日中通勤の組み合わせで、勤務開始時点で既に脱水傾向の状態。看護協会のガイドラインに沿った仮眠時間と環境が確保されているかを確認。
パターン5:基礎疾患・配慮対象型(糖尿病・高血圧・妊娠中・服薬中・新人)
令和8年「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」では、糖尿病・高血圧症など熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある疾病を有する者に対して、医師等の意見を踏まえた配慮を行うことが重点取組項目の1つに掲げられています(Source: 厚生労働省「令和8年『STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン』実施要綱」)。妊娠中・産後復帰・服薬中・新人・配置転換直後など、配慮対象者に対する個別の勤務調整が運用されているかを確認。
パターンが分かれば、職場に確認すべき項目と、自分自身でできる対策(クールアイテム・水分補給・通勤時の冷感衣類)の優先順位が見えやすくなります。
「うちの職場、ちゃんとやってる?」の確認方法
ベースアップ評価料の届出と同じく、熱中症対策も「やっているか・いないか」「やっていても本人に届いているか」は別の話です。確認のルートを3つ整理します。
看護部長・看護師長に直接聞く
最もシンプルな方法です。「2025年6月の労働安全衛生規則改正に対応した熱中症対策手順は、うちの病棟で文書化されていますか」「WBGT計はどこに設置されていますか」「PPE着用時の休憩ルールは感染管理担当と労務担当でどう調整されていますか」と質問します。看護部長クラスであれば、衛生委員会の議事や産業医面談の状況を把握していることが多いです。
衛生委員会・産業医ルートを使う
50人以上の事業場では衛生委員会の設置が義務付けられており、産業医も配置されています。衛生委員会の議事録は、原則として労働者の閲覧に供される仕組みです。今年の熱中症対策が議題になっているか、どの程度の予算・体制が組まれているかを確認できます。労働組合がある場合は、組合経由で職員説明資料を入手することも可能です。
労働基準監督署・労働局への相談
職場の安全衛生体制に明らかな不備があり、内部のルートでは解決しない場合、所轄の労働基準監督署や都道府県労働局への相談が選択肢になります。匿名相談も可能で、改正された労働安全衛生規則は罰則付きの法令であるため、相談の根拠としては明確です。ただし、まずは内部の衛生委員会・産業医ルートを通すのが現実的な順序です。
ここで重要なのは、「現場が頑張って耐える」のではなく、「事業者が制度として整える」のが法令の趣旨だという点です。看護師個人がスポーツドリンクと冷感タオルを自費で揃え続けるのは、本来の対策ではありません。
患者の熱中症対応と、看護師の責務
看護師は自分自身の安全を守るだけでなく、搬送・入院・通院してくる熱中症患者の評価と看護を担う立場でもあります。
総務省消防庁の集計では、2024年5月から9月の熱中症救急搬送97,578人のうち、65歳以上の高齢者が57.4%を占め、120名が死亡、2,178名が3週間以上の入院を要しました(Source: 総務省消防庁「令和6年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況」確定値)。発生場所別では「住居」が約4割を占めるという報告もあります。
このデータは、救急外来だけでなく、地域包括ケア病棟、訪問看護、デイサービス併設施設、施設内診療所など、看護師が関わるあらゆる現場で熱中症患者と接する可能性があることを示しています。
高齢者の熱中症評価で押さえる5項目
- 基礎疾患の確認:糖尿病、高血圧、心不全、認知症、精神疾患
- 内服薬の確認:利尿薬、降圧薬(ACE阻害薬・ARB・カルシウム拮抗薬)、向精神薬、抗コリン薬
- 生活環境:独居、空調使用状況、水分摂取習慣
- 意識レベル・脱水所見:JCS/GCS、皮膚ツルゴール、口腔粘膜乾燥、起立性低血圧
- 検査値:Na、K、Cl、BUN、Cr、CK、血糖、乳酸、PT-INR
小児・乳幼児の熱中症評価
- 体温調節機能が未熟で、口渇を訴えにくい
- 抱っこ・ベビーカー内の温度上昇に注意
- 機嫌・哺乳量・尿量・大泉門の張り具合で脱水を評価
- 中等度以上は速やかに小児科医へ
精神科入院患者・認知症患者の熱中症評価
- 向精神薬服用中は発汗・体温調節機能が低下しやすい
- 自覚症状を訴えられない・症状を正確に表現できない場合がある
- 病棟内の室温・湿度モニタリングと、こまめな水分摂取声かけが看護師の重要な役割
- 行動制限中(隔離室・拘束)の患者は特に注意が必要
「迷ったら呼ぶ」「迷ったら受診」を原則とし、看護師個人での判断を抱え込まない姿勢が、患者の予後と自分自身の安全の両方を守ります。
熱中症が起きてしまったら――労災請求の手順
職場で熱中症を発症した場合、業務に起因すると認められれば労働者災害補償保険(労災)の対象になります。看護師として知っておきたい流れは次の通りです。
- 発症時の対応:作業からの離脱、涼しい場所への移動、冷却(首・腋窩・鼠径部)、水分・電解質補給、医療機関受診(中等症以上)
- 記録の保全:発症時刻、作業内容、WBGT・気温、PPE着用状況、目撃者、症状経過を時系列で記録
- 医療機関での診断書取得:「熱中症」「労災疑い」を明記してもらう
- 事業者への報告:労働者死傷病報告(休業4日以上)の作成義務は事業者にある
- 労災請求:所轄の労働基準監督署へ療養補償給付・休業補償給付の請求(事業主証明欄あり、ただし証明拒否でも本人請求可)
- 必要に応じた相談:労働組合、労働相談センター、産業医、社会保険労務士
職場の上司が「労災じゃなく健保で」と促してくる場合は、明確に「業務中の熱中症は労災の対象です」と伝え、労働基準監督署に直接相談する選択肢があります。
「夏が辛いから転職」と決める前に
毎年夏になると体力的に限界を感じ、「もうこの病棟ではやっていけない」と思う方は少なくないはずです。ただし、「夏が辛い」だけで職場を変える判断をすると、転職先でも同じ悩みを繰り返しやすいです。冷静に考えるために、転職で解決しやすいことと、しにくいことを分けて整理します。
今の職場で確認すべきこと
- 改正労働安全衛生規則に対応した熱中症対策手順の文書化状況
- WBGT計の設置場所と読み取り頻度
- PPE着用時の休憩ルール
- 仮眠室の空調・寝具・遮光・遮音
- 衛生委員会・産業医面談の活用状況
- 暑熱順化期間の配置調整、配慮対象者への個別調整
- クールアイテム(クールベスト・冷却タオル等)の支給状況
転職で解決しやすいこと
- 空調が新しく、空調ムラの少ない建物(築年数・空調更新時期で判断)
- 衛生委員会の議事録が公開され、熱中症対策が議題に乗っている職場
- PPE着用時の休憩ルールが感染管理担当と労務担当で文書化されている職場
- 訪問看護ステーションなら、訪問ルート見直し・冷却グッズ支給が制度化されている事業所
- 産業医・労務担当への相談ルートが明文化されている法人
- 暑熱順化期間や配置転換直後の個別配慮を運用している職場
- 夜勤の仮眠時間・仮眠室環境が整っている職場
転職で解決しにくいこと
- 夏の暑さ自体は職場を変えても変わらないこと
- 看護師の業務に屋外移動・PPE着用・夜勤がある以上、ある程度の暑熱負荷は避けられないこと
- 制度が整っていても、現場の運用が形骸化していれば変わらないこと
- 転職直後は新人扱いで、特別配慮の対象から外れることがあること
- 給与・キャリアの優先順位を下げると、別の不満(人員不足・教育体制)が浮上することがあること
転職で解決しやすいことを軸にしつつ、今の職場でできる確認・改善要求を並行して進めることが、ぶれない判断軸につながります。
我慢する前に、まずカンゴさんに話してみる
「夏になると毎年具合が悪くなる」「先輩は『慣れだよ』と言うけど、本当に慣れの問題なのか」「PPE着けて2時間立ちっぱなしの後、立てなくなったことがある」。こうした体感は、職場の同僚に話しても「みんな同じだから」と返されがちで、家族には「夏バテでしょ」と片付けられがちです。
はたらく看護師さんで提供しているカンゴさんに、匿名で話してみてください。看護師さん専用の相談相手として、夏の体調、夜勤との両立、職場の暑熱環境、PPE装着の負担、訪問看護の移動疲労、患者対応のプレッシャーなど、誰にも言えない本音を整理する場所として使えます。
体調の不安と職場制度の不備を一緒くたにして「もう辞める」と判断する前に、まず本音を吐き出して、何が制度の問題で、何が職場の運用の問題で、何が自分の働き方の問題かを分けて考えるのが、後悔しない判断につながります。
比較するなら、暑熱対策の制度化が確認できる紹介会社を選ぶ
職場の暑熱環境がどうしても改善しないと感じ、転職を視野に入れる場合、求人票だけで判断するのは危険です。「最新空調」「快適な職場環境」とアピールしていても、PPE着用時の休憩ルール・WBGT計の運用・衛生委員会の活動状況までは、求人票では分かりません。
レバウェル看護のような看護師専門の転職紹介サービスでは、求人票に書かれていない次の項目を、職場に確認して教えてもらえます。
- 改正労働安全衛生規則に対応した熱中症対策手順の整備状況
- WBGT計・温湿度計の設置場所と運用
- PPE着用作業の休憩ルール
- 仮眠室の空調・遮光・遮音・寝具
- 暑熱順化期間や配慮対象者への配置調整実績
- クールアイテム支給・冷却グッズ整備の有無
- 衛生委員会・産業医面談の活用頻度
「夏でも働き続けられる職場かどうか」は、面接で「夏の対策はどうしていますか」と聞いて、具体的な手順と運用例が返ってくるかで判断します。具体例が返ってこない職場は、改正法令に対応できていないと考えるのが現実的です。
まとめ
2025年6月、職場の熱中症対策は罰則付きで事業者の義務になりました。WBGT28以上または気温31度以上で連続1時間以上または1日4時間超の作業について、事業者は報告体制と悪化防止手順を、事業場ごとにあらかじめ整え、関係者に周知することが法的に求められます。違反すれば6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象です。
看護師の職場は、病棟・外来・夜勤・PPE着用・訪問看護・在宅医療・患者対応のすべての側面で、改正法令の対象になりうる場面を抱えています。「我慢して乗り切る」のではなく、「制度として職場が整えているか」を確認する季節に変わりました。
確認の3ステップは次の通りです。
- 5項目チェックリストで自分の職場の整備状況を点検する
- 看護管理者・衛生委員会・産業医のいずれかに、熱中症対策手順の文書化状況を確認する
- 確認しても整わない場合、労働基準監督署・労働局への相談、または暑熱対策が制度化された職場との比較を視野に入れる
そして、患者の熱中症評価は看護師の責務です。高齢者・小児・精神科入院患者・人工呼吸器装着患者・寝たきり患者など、自覚症状を訴えられない患者群への観察・環境調整・水分管理を看護記録に残すことが、施設の安全文化を支えます。
まずは今年の5月のうちに、自分の職場のWBGT計の位置と読み取り頻度、PPE着用時の休憩ルール、熱中症の疑いを訴える連絡先を確認してみてください。
よくある質問
看護師は労働安全衛生規則改正の「対象作業」に該当しますか?
WBGT28以上または気温31度以上の作業場で、連続1時間以上または1日4時間超の作業に該当する場合、事業者の対策義務の対象となります。訪問看護・在宅医療の屋外移動、入浴介助、PPE着用での長時間作業、空調ムラのあるエリアでの連続作業は該当しうるため、施設管理者がWBGT実測で判断する必要があります。
病棟で熱中症になりかけたとき、誰にどう連絡すればいいですか?
事業者は「熱中症の自覚症状がある作業者を見つけた者が報告するための体制」を事業場ごとにあらかじめ定め、関係者に周知することが義務付けられています。看護師長・主任・夜間管理者・当直医のいずれかが連絡先として明示されているはずです。明示されていない場合は、看護部に確認するか、衛生委員会の議事録で連絡体制を確認してください。
PPE着用中に「脱げない」と言われ続けていますが、改善は求められますか?
PPE着用作業の継続時間制限・休憩時の脱衣・水分補給機会は、感染管理担当と労務担当の合意で文書化されるべき項目です。「脱げない」が文書根拠なく現場慣習で続いている場合は、衛生委員会または産業医面談での議題提起が現実的です。クールベスト等の支給を職場に求めるのも選択肢です。
訪問看護の屋外移動中に倒れた場合、労災になりますか?
業務の遂行性・業務起因性が認められれば労災の対象になります。訪問先間の移動中の熱中症は、業務に起因すると認められやすい類型です。発症時刻・作業内容・WBGT・気温・症状経過を時系列で記録し、医療機関で「熱中症」と診断を受けた上で、所轄の労働基準監督署へ請求します。
夜勤明けの体調不良は熱中症と関係ありますか?
夜勤前の脱水傾向と、夜勤中の長時間労働・水分摂取機会の少なさ、夜勤明けの暑熱環境への暴露が重なると、熱中症リスクは上がります。仮眠室の空調・遮光・遮音、夜勤中の水分補給機会、夜勤明け帰宅時の暑熱対策が、職場と本人双方で確認すべきポイントです。
妊娠中・服薬中ですが、特別な配慮は受けられますか?
令和8年「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」の重点取組項目に、「糖尿病、高血圧症など熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある疾病を有する者に対して医師等の意見を踏まえた配慮」が明記されています。妊娠中・服薬中・基礎疾患保有者は、産業医面談や主治医の意見書を経て、配置調整・作業時間調整・休憩頻度の個別配慮を求めることができます。
患者が熱中症で意識障害を起こしたとき、看護師の初動は?
意識レベル(JCS/GCS)の評価、深部体温(直腸温・膀胱温)の測定、ABCの確保、涼しい環境への移動、衣服を緩める、首・腋窩・鼠径部の冷却、可能なら冷水浸漬法、医師への報告、静脈路確保と補液準備、検査(Na/K/CK/凝固/血糖/乳酸/腎機能)。日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」のII度以上は医療機関での治療を要するため、施設内基準で受診・転送判断を行います。
我慢して乗り切る人と、職場に確認する人で、その後の体調はどう違いますか?
体力的な差というより、職場の制度を変える契機を持てるかどうかで分かれます。我慢で乗り切る期間が長いほど、慢性的な脱水・睡眠不足・基礎疾患の悪化が積み上がりやすく、数年後に退職や疾病休業に至るケースもあります。職場に確認するルートを持ち、衛生委員会・産業医・看護管理者と継続的に対話する習慣が、長く働き続ける土台になります。
熱中症の相談は、転職する前に誰にすればいいですか?
職場内では看護管理者・衛生委員会・産業医、職場外では労働組合・労働基準監督署・労働相談センターが相談先になります。判断軸を整理する目的では、看護師専用の匿名相談(カンゴさんなど)や、転職紹介会社のキャリアアドバイザーへの相談を、職場の改善要求と並行で進めるのが現実的です。
「うちの病院は古いから空調更新は無理」と言われたら?
建物の物理的制約と、人員の安全確保は別の話です。空調更新が直ちに不可能でも、WBGT計の設置、PPE着用ルールの整備、休憩頻度の確保、クールアイテム支給、配置調整、暑熱順化期間の運用などは、設備投資なしで整えられます。「建物の問題」で全てを片付ける説明は、改正法令の趣旨と整合しません。衛生委員会で具体策の議論を求める根拠になります。
参考資料