終末期ケア

病院や介護施設で仕事をしている看護師の一つにエンゼルケアがあります。亡くなった方を少しでも気持ちよく見送るためにエンゼルケアは欠かすことができません。

そこで本記事では、看護師が行うエンゼルケアの手順や注意点、ご家族への配慮もあわせて詳しく解説していきます。

エンゼルケアとは

エンゼルケアとは、故人が逝去後から納棺前までに行われる死後処置の総称です。厳密な定義は存在しないものの、一般的には死後処理の一部として、逝去した方の容姿や状態をできるだけ生前に近い状態に整えるためのケアとして理解されています。このプロセスは逝去時ケアとも呼ばれ、処置には最低限の医療的な知識や技術が必要です。

エンゼルケアは、逝去した方が生前に自己ケアを行っていた役割を代わりに果たすものです。生前には自分でケアを行いますが、死亡後はそれが不可能となり、看護師がその代わりを担ってあげます。生前の姿に寄せることは、故人の遺族や関係者にとって感情的にも重要であり、故人が最後まで尊厳を持って扱われることができます。

エンゼルケアを行う目的

それではエンゼルケアを行う目的をご紹介していきます。

感染症の予防

死後、遺体は時間の経過とともにさまざまな変化が起こります。硬直や腐敗が進行し、体液や排出物の流出が起こることから、感染症の拡散リスクを防ぐことが大切です。感染症は空気感染や直接接触によって広がります。遺族や関係者、医療スタッフへの感染リスクを最小限に抑えるため、遺体は適切に清潔に保ち、専門的なケアを提供することが不可欠です。

ご遺体を整え、故人の尊厳を守る

終末期における体力の衰えや清拭、更衣の難しさは、故人の身体的状態を理解する上で重要です。また、闘病中にできた傷跡や医療器具の形跡が残ることもあります。

故人が逝去した際、その人の最期の状態を美しく整えることは、敬意を表し、感謝の意を示す方法です。これは、故人の遺族や友人にとっても安心感と精神的な安定を提供します。適切な処置によって、故人は生前のように見え、その尊厳を保つのもエンゼルケアの目的の一つです。

ご家族のグリーフケア

故人が元気だったころの面影が消え、その姿が大きく変わってしまったことは、遺族にとって深いショックをもたらすことがあります。こうした状況で、ご遺体を整えることは、遺族への思いやりと共に、死と向き合う配慮といえるでしょう。

清拭や着衣など、エンゼルケアの一部を遺族自身がおこなうことは、故人との最後の接触と別れに意味を持たせます。遺族は故人への感謝や愛情を表現し、死を受け入れるものとなるのです。

エンゼルケアは誰が行う

エンゼルケアに専門的な資格は不要ですが、専門的知識が求められます。通常、病院では看護師、介護施設では看護師または介護職員がエンゼルケアを担当します。また、葬儀会社と提携している場合、そのスタッフや納棺師に依頼することも一般的です。自宅で亡くなった場合、葬儀会社のスタッフや納棺師、訪問看護師が処置を行うことが一般的です。

看護師や介護士が行うエンゼルケア

病院でのエンゼルケアは通常看護師が行い、介護施設で亡くなった場合には介護士が担当します。エンゼルケアには専門知識が必要な項目が含まれるため、プロによる処置が一般的です。一方で、ご家族の希望により清拭や着替えの一部に参加することもありますが、多くの工程は看護師や看護師が担当することになります。

葬儀社・納棺師が行うエンゼルケア

葬儀社や納棺師によるエンゼルケアの目的は、故人の生前の印象を尊重し、可能な限り自然な状態に整えることです。病院や施設から引き継いだ後、見た目をより調和のとれた状態に仕上げるために細部にわたる処置を行います。故人の肌の色調や年齢、性別に合わせることに加え、生前の個人的な好みや遺族の希望も十分配慮して行われます。

エンゼルケアの費用

エンゼルケアにかかる費用は医療保険の適用対象外となっており、病院や施設によって異なります。通常、病院でのエンゼルケアは5,000円から1万円程度になりますが、エンゼルメイクを含めると2万円以上かかることが一般的です。

介護施設や葬儀会社を利用する場合は、1万円から10万円程度と幅広く、処置内容に応じて価格が変動します。エンゼルケアは死後数時間以内に行われる必要があるため、事前に費用と処置内容についての説明と合意が望ましいです。遺族と提供者の間でトラブルが発生する可能性が低減し、遺族が故人に最後の別れを告げる際に安心感を持つことができます。

＜看護師・ナースのリアルな声＞初めてエンゼルケアを行った時の感想を教えてください

エンゼルケアの手順

それでは、エンゼルケアを行う手順を解説していきます。

ご家族への説明

まず、エンゼルケアを実施する前に、ケア内容を遺族に説明します。ご家族の希望を確認し、その方らしいケアを提供するために次のことを説明・確認します。

・エンゼルケアは、故人の個性と尊厳を尊重し、最後の身支度であること

・実施するケアの内容と流れについて、洗髪、清拭、着替えなどを説明

・ご家族がケアに参加したい場合、その希望を尋ね、一緒に行う準備をする

・故人への最後の思い出や希望があるか尋ねる。例えば、好きな飲み物を用意したい場合など

・故人が最期に着せてほしい衣服や宗教上の要望、地域の慣習に関する情報を確認

・葬儀社の手続き状況や退院までのスケジュールを共有し、協力を促す

必要物品の準備

ご遺族の意向などを確認したうえで、エンゼルケアに備えるために必要な物品を準備します。一般的な物品は以下の通りです。

エンゼルケア全般で使用するもの口腔ケア

看護師用のガウン

手袋

マスク

ガーゼ

タオル

廃棄物処理用の袋

ティッシュ

口腔ケア

スポンジブラシまたは歯ブラシ

ガーゼ

綿棒

水の入ったコップ

医療器具の抜去と創傷のケア

創傷の手当に必要な物品

医療器具の抜去用具

創部保護用のフィルム

材包帯

絆創膏

眼と鼻のケア

綿棒

注射器（眼内の洗浄用）

ガーゼ

お湯（水）

洗髪・整髪

リンスインシャンプー

お湯を入れるボトル

ドライヤー

ヘアブラシ

お湯（水）

全身清拭・着替え

清拭用のお湯

保湿剤

着替えの衣服

爪切り

爪切り

爪やすり

肌の整え・髭剃り・エンゼルメイク

ご遺体専用メイクキット

クレンジングクリーム

乳液

T字剃刀（電気シェーバー）

シェービングクリーム

冷却

保冷剤

氷ビニール袋

背部冷却用のアルミシート

口腔ケア

口腔内や鼻腔内の清潔を保ち、臭気を防ぐために歯ブラシ、ガーゼ、消毒用アルコールなどを使用します。また、体液の漏出を防ぐため、目・鼻・口に綿詰め処置を施すことがありますが、現在ではこの処置が体液の漏出を防ぐ根拠が不明確であるとされ、綿詰め処置を行わないケースもあるので遺族の確認が必要です。

代わりに、特別なゼリーを用いて体液の漏出を防ぐことも一般的です。エンゼルケアは故人の尊厳と快適さを追求し、個々の状況に合わせた最適なケアを提供します。

医療器具を外す

感染予防の観点から、医療器具の外し作業はマスク、ガウン、手袋などの適切な装着の後に実施するのが基本です。まず、点滴やチューブ類などの医療器具を慎重に取り外します。

傷跡や体液などの処置

医療器具の取り外し後、傷跡の縫合処理が行われます。また、体液の漏出を防ぐために適切な詰め物が配置され、排泄物の処理や胃の内容物の取り扱いも重要です。

眼と鼻のケア

目やにからも臭気が発生することがあるため、眼のケアが行われます。まず、目尻と目頭にたまる眼脂を綿棒で優しく拭き取り、その後、まぶたを開いて、湿らせた小さいガーゼや水を含んだ注射器などを使用して、眼内を洗浄します。この過程で患者のまぶたを下げることがありますが、その際は優しく閉じてあげましょう。

鼻腔内に汚れがある場合、小さいガーゼや綿棒を使って汚れを拭き取ります。詰め物は体液の漏れを防ぐのには効果的でないため、行われません。

洗髪・整髪

洗髪・整髪はエンゼルケアの中で、ご家族も参加しやすいケアです。シャンプーで髪を洗浄し、その後タオルやドライヤーを使用して髪を乾かします。患者さんの髪の清潔さを保ち、清潔感のある髪型に整えてあげましょう。

全身清拭・保湿

身体が見えないように大判のタオルで覆いながら、清潔に拭き取り、乾燥を防ぐためにボディクリームなどで保湿します。

着替え

着替えはエンゼルケアの中で、特に家族の思い出と尊厳に関連するケアです。事前にご家族から提供された希望の衣服に着替えます。近年、洋装が一般的で、男性はポロシャツやスーツ、女性はワンピースなど、普段のお洒落な衣服を選ぶことが多いです。

患者さんやご家族にとって、これらの衣服には多くの思い出が込められています。衣服を着せること、ボタンを留めること、靴下を履かせることは、ご家族にとっても参加しやすいケアの一環であり、患者さんの尊厳と家族の感情を大切にしましょう。

エンゼルメイク

エンゼルメイクは故人の好みや使用していた化粧品などを使用し行います。男性の場合も、顔色をよく見せるためにメイクを施し、ひげを丁寧に剃りましょう。故人が生前好んでいたメイクスタイルや顔つきを再現し、その人らしい姿で最後の別れをサポートします。

手を整える・冷却

最後に、故人の手を合掌させて体勢を整え終了です。顔には白い布がかけられ、全身を布で覆うと同時に、ご遺体の腐敗を抑制するため、冷却も行います。この手順により、故人の尊厳を守り、最後のお別れの瞬間を整えます。

＜看護師・ナースのリアルな声＞エンゼルケアで心がけていることは何ですか？

エンゼルケアの注意点

エンゼルケアを実施する際には、以下の点に注意し行っていきましょう。

感情的なサポート

エンゼルケアは感情的に故人と家族にとって重要な瞬間です。敬意と思いやりをもって接し、故人とご家族の感情を尊重しましょう。

コミュニケーション

ご家族とのコミュニケーションは不可欠です。エンゼルケアの手順や家族の希望について、透明かつ適切なコミュニケーションを確保しましょう。

感染症予防

エンゼルケアを提供する際には、感染症予防が不可欠です。適切な衛生措置を講じ、感染拡大のリスクを最小限に抑えましょう。

尊厳とプライバシーの尊重

故人の尊厳とプライバシーを最優先に考えましょう。ケアを提供する際には、配慮と敬意をもって行動し、故人の願望を尊重します。

家族の参加

家族が参加できる場面では、その協力を歓迎しましょう。洗髪や着替えなど、家族が参加しやすいタイミングで、一緒にケアを行います。

専門知識とスキル

エンゼルケアは専門知識とスキルが必要になります。看護師や葬儀ディレクターの指導のもとで、適切なトレーニングを受けることが大切です。

文化や宗教に配慮

エンゼルケアは文化や宗教に影響されることがあります。故人や家族の信念や慣習に敬意を払い、それに合ったケアを提供しましょう。

時間と忍耐

エンゼルケアは時間がかかることがあります。忍耐強く、ゆっくりと進めることで、より意義深いケアを提供することが可能です。

＜看護師・ナースのリアルな声＞エンゼルケアで一番気を付けていることは何ですか？

ご家族との関わり方

ご家族との関わり方は、エンゼルケアにおいて非常に重要です。以下のポイントを心に留めながら、適切なサポートを提供することが求められます。

＜看護師・ナースのリアルな声＞あなたの記憶に残るエンゼルケアを教えてください

ゆっくりとしたケアを意識する

エンゼルケアは急ぎの処置ではなく、時間をかけて行うことが大切です。急がず、患者さんとご家族の感情やニーズを尊重しながら進めましょう。急いで作業を進めるのではなく、細やかな心遣いと思いやりをもって対応します。

ご家族ができるケアは一緒に行う

エンゼルケアにおいて、ご家族ができる範囲のケアを一緒に行うことは感情的なつながりを深め、故人への思いを表現する方法の一つです。例えば、洗髪や整髪、着替え、メイクなど、家族が参加しやすいケアに協力してもらいましょう。

患者さんには普段通りに接する

エンゼルケアの過程で、患者さんを尊重し、敬意をもって接することは非常に大切です。故人に対して通常通りの言葉遣いや姿勢で接することは、彼らの尊厳を守る手助けになります。

患者さんとの思い出話を伝える

ンゼルケアを行う際に、患者さんとの思い出話や共有した瞬間を振り返ることは感情的なつながりを深めるのに役立ちます。これは、故人を偲ぶ素晴らしい方法であり、彼らの生涯に敬意を表す機会となるでしょう。

＜看護師・ナースのリアルな声＞これからエンゼルケアを行う看護師にアドバイスを行います

まとめ

エンゼルケアは、看護師が通常行う清潔ケアから大きく逸脱するものではありませんが、患者さんの生命が終わる瞬間に向けた心身へのケアが含まれます。エンゼルケアを行う際には、遺族とのコミュニケーションがポイントとなり、家族の感情に敏感に応じることが必要です。

経験が浅い場合は、施設のマニュアルを参考にし、ベテラン看護師の指導を受けることをおすすめします。また、患者さんの死に対する感情的な負担を適切に扱うため、自身の感情に正直に向き合うサポートを探すことも重要です。

エンゼルケアは患者の亡くなった後2〜3時間以内に実施することが推奨されており、迅速な行動が求められます。しかし、亡くなった直後は、遺族が感情を整理するための重要な時間でもあることを理解し、遺族と共にエンゼルケアを行うことで配慮が必要です。

そのために、スタッフ間での協力と準備が欠かせず、スムーズなケアプロセスを確保するためには、事前に対応方法を計画するようにしてください。