私、辞めてもいいですか
第2話
「3年は続けろ」は、誰のため?
夜勤明けの部屋で、私はノートを開いた。
カンゴさんにもらった宿題。
辞める理由ではなく、残ってる理由を書くこと。
最初の一行目に、私はこう書いた。
「3年は続けたほうがいいから」
書いた瞬間、手が止まった。
それは理由というより、誰かの声だった。専門学校の先生。実習先の指導者。新人研修で話してくれた先輩。親戚のおばさん。SNSの知らない人。
みんな、同じことを言った。
「とりあえず3年」
「3年は続けろ」は、励ましの顔をしている。でも、限界の人には、あと何日倒れずにいれば許されるのかを数えさせる言葉になる。
次の日勤で、後輩の美咲が点滴更新のタイミングを間違えた。
大きな事故にはならなかった。すぐ気づいて、すぐ直せた。けれど、美咲の顔色は紙みたいに白くなっていた。
「すみません、私、向いてないです」
昔の自分を見ているみたいだった。
私は反射的に言った。
「大丈夫。最初はみんなそうだから。3年くらい経ったら慣れるよ」
言ってから、息が止まった。
私が嫌だった言葉を、私が渡していた。
しんどかった言葉ほど、なぜか後輩に渡してしまうことがある。自分が耐えた時間を、意味のあるものにしたくなるから。
美咲は小さくうなずいた。でも、そのうなずきは安心ではなかった。逃げ道をひとつ閉じられた人のうなずきだった。
休憩室で、カンゴさんはカップ麺にお湯を入れていた。
「顔、えらいことになってるで」
「後輩に、言っちゃいました」
「何を」
「3年くらい経ったら慣れるって」
カンゴさんは箸を割る手を止めた。
「自分が言われて嫌やったやつやな」
私はうなずいた。
「でも、じゃあ何て言えばよかったんですか。すぐ辞めてもいいよって言えばよかったんですか」
「それも違うな」
「じゃあ、どうすれば」
カンゴさんは、ふやけかけた麺を見ながら言った。
「3年ってな、便利なんよ。言う側が何も考えんで済む」
本当にほしいのは「続けろ」でも「辞めろ」でもない。自分の状態を一緒に見てくれる人だ。
「続ける理由がある人には、続ける道を一緒に探したらええ。もう体がもたん人には、離れる道を一緒に探したらええ。数字でまとめたらあかん」
「でも、3年続けないと転職で不利って」
「不利になることもある。ならへんこともある。けどな」
カンゴさんは、私のほうを見た。
「『3年』は、あんたの人生の単位やない。誰かが安心するための数字や」Xで引用
胸の奥で、何かがほどけた。
3年続けたら偉い。1年で辞めたら弱い。5年残れば正解。半年で離れたら失敗。
そうやって数字で測るほうが楽だった。自分の本音を見なくて済むから。
その日の帰り、美咲にLINEを送った。
「さっきの言い方、ごめん。3年経てば全部慣れるわけじゃない。今しんどいところ、明日一緒に整理しよ」
既読はすぐについた。
返事は、少し遅れて来た。
「それが聞きたかったです」
私はロッカーで泣きそうになった。
たぶん私も、ずっとそれが聞きたかった。
家に帰って、ノートの一行目を消した。
「3年は続けたほうがいいから」
その下に、別の言葉を書いた。
「誰かに決められた数字ではなく、自分の体と気持ちで決めたい」
次のページには、給料明細を貼った。
夜勤手当、残業代、控除、手取り。
辞めたい気持ちの中には、お金の不安も混ざっている。
それを見ないふりしたまま、私はまだ「根性」の話だけをしていた。
(第3話「給与明細と、夜勤の回数」に続く)
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